第3話猫と消えた封筒

「にゃあ。」


書斎の窓辺に一匹の猫が座っていた。

ふわふわの長毛、白と黒の混じった毛並み。どこか気品があるその猫は、ミナの足元にすり寄る。


「この子は、祖父が飼っていた猫です。“ナポレオン”って名前で……すごく賢い子なんです」


「……ナポレオンとな。さては、過去にクーデターでも起こしたな?」


「起こしてません」


マヨイは猫をじっと見つめると、急に手帳を取り出して何かを書き始めた。


「……猫、怪しい」


「ちょっと、何してるんですか?」


「考えてみい。この猫、遺言状をしまった直後に、金庫の周囲をうろついていたらしいじゃろ?」


「ええ、祖父が金庫の前で“ナポレオン、ダメだよ”って言ってたのを、見たことがあるかも……」


「ほう。決まりじゃな。つまりこの猫が、遺言状の封筒をくわえて」


マヨイは身を乗り出して指をさした。


「屋敷のどこかに運んで、隠したのじゃ!!」


「いやいや、さすがに猫は封筒なんてくわえませんよ」


「ミナ殿、猫を侮ってはならぬ。猫は、手紙も運べばスパイも務める。ある国では猫が国家機密を……」


「それ、都市伝説では?」


「かもしれぬ」


そのとき、ナポレオンがすっとソファの下に潜り込んだ。

マヨイが慌てて追いかけ、埃まみれになりながら顔を出した。


「……ん? これは……何かの紙くずじゃな」


彼女が拾い上げたのは、ぐしゃぐしゃになった茶封筒の一部だった。


「封筒……!? それ、遺言状の?」


「いや、残念ながら“請求書”と書いてあるのう。しかも、電気代の」


「……ナポレオン、そこに隠してたの?」


「やはり怪しい。もしかすると、猫は“偽の封筒”を残して、真の遺言状を」


「だから猫が犯人じゃないってば!」


「わしは“可能性を検証している”のじゃ。迷探偵の務めは、まず遠回りから始まるのじゃよ」


「それ、かっこよく言ってるだけです」


 


猫が封筒をくわえて隠した、そんなトンデモ推理は、もちろん誰にも信じられなかった。


しかしこのとき拾った“紙くず”が、

とんでもない誤解を生むとは、マヨイもミナも知る由もなかった。

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