第2話鍵は開いていた

 重厚な門をくぐり、佐伯家の屋敷を目にした瞬間、マヨイは歓声をあげた。


「ほぉぉ〜、これは典型的な“遺産に殺されそうな家”じゃな!」


「……いや、別に誰も殺されてません」


「ミナ殿、こういう屋敷には秘密の通路や隠し部屋がつきもの。わしの第六感が、ここに何かあると告げておる!」


マヨイが玄関の柱を叩き始めたところに、執事の東堂が静かに現れた。


「いらっしゃいませ。佐伯家執事、東堂でございます。お嬢様、こちらの……方は?」


「ええ、その……探偵の探田さんです」


「ほう。探偵……」


東堂は無表情でマヨイを見つめた。

マヨイは東堂の手元に目を留めると、得意げに言った。


「ほう、その白手袋。何かを隠しておるな?」


「これは、手荒れ防止です」


「……なるほど。潔癖体質。つまり、“証拠を残さないタイプの犯人”……!」


「おやめください、まだ挨拶しかしてません」


ミナの静かなツッコミを受けつつ、3人は祖父の書斎へと案内された。

そこには古びた木製の机と、壁一面の書棚。そして一際目を引くのは、重厚な金庫だった。


「この金庫に、祖父は遺言状を入れていたはずなんです。でも、亡くなったあと開けてみたら」


「空っぽだったのか?」


「いえ……最初から、開いていたんです」


マヨイの目が光る。


「……なんと。鍵が、開いていた?」


「ええ、鍵も指紋認証も、何もされてなかったそうです」


「つまり、“誰でも中身を盗めた状態”だった……ということじゃな」


「そうです……犯人は、鍵のかかっていない金庫から、遺言状を持ち出したんじゃないかって……」


「フフフ……なるほどなるほど。だが」


マヨイは金庫の前にしゃがみこみ、扉の裏をまじまじと見つめた。


「この金庫、鍵が壊れておるのう」


「……え?」


「見てみぃ。蝶番がぐらついておる。これは、誰が閉めても自動で“開いたことになる”仕掛けじゃ」


「じゃあ……祖父は、開けっ放しにしてたのかも……?」


「うむ。つまりこれは、盗難事件ではない」


マヨイは立ち上がって、指を空に突き上げた。


「事件は……起きていないのじゃ!!」


「え……終わりですか?」


「いや、始まりじゃな。事件が“起きていない”という状況こそが、事件なのじゃ!」


「……ややこしい!」


 


推理らしき推理が空回りしたまま、

幕を閉じる。


だが、この“開いていた金庫”が、のちの推理に意外な影響を与えることになる。


……たぶん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る