第12話

そう。こいつは俺達と共に旅をした、この国の王子。魔王へ最後の一太刀を浴びせ、今でも国内外を問わず賞賛されている存在だ。

「先ほどの大臣。あの輩が先輩達を貶めようとするとの情報がありまして、僭越ながら私が部下を引き連れこの街に来た次第です。ただ先輩方がすでに対処されていましたので、この先は私の方で処分いたします」

「未だに俺達は、役立たずの穀潰し扱いか」

「いえ、そのような事は決して。宮廷に一部あのような者はおりますが、順次対応しております。あの大臣は最後の大物とも言え、今後このような事は二度と無いように致します」

 おおよそ王族が、平民に取る態度とは思えない。とはいえこいつからすれば、生きた心地がしないのかもしれないな。

「確かに昔のお前は態度が悪かったから、何度か注意した事はあったぞ。ただ、そこまで俺達は横暴だったか?」

「いえ、そのような事は決して。これは皆様への敬意の表れです」

「慇懃無礼、という言葉もありますよ」

 くすくすと笑い、グラスに口を付ける美少女。地味に怖いな、こいつは。

「あの方の処遇はお任せするとして、昔に比べると随分貫禄が出てきましたね。冒険者としては三流でしたか、政治家としては一流になっているようでなによりです」

「先輩方のご指導の賜物です。私など、あの戦いにおいてはただの荷物持ちに過ぎませんでしたから」

 実戦経験のある王族など、あの時従軍して来た者には1人もいなかった。それでも役割を振るとなれば、荷物持ちくらい。

 ただ、だ。

「魔王との戦いで付いてこれた王族は、お前1人だけだ。俺達も、お前が運んでくれた荷物で何度も救われたからな」

「ありがとうございます」

「それに何度も捨てろと言っても聞かなかった荷物を、お前が絶対持っていくって最後まで運んだだろ。あの中にあった薬で、王都への帰還中に何人もの命が救われた。結局お前の方が、先を見えていたという訳さ」

「あなたもまた、かけがえのない私達の仲間の1人なのですよ」

 軽くグラスを重ねる美少女。

 王子は目元に手を添え、そっと俯いた。

「最近の男子達は、すぐ泣きますね」

「俺は事情があるんだよ、色々と。親父さんが泣き出したら、ちょっと怖いけどな」

 そう言った途端馬鹿でかい包丁だけが、店の奥から現れた。そういう事を言ってるんだよ。

「お二人は、今何かお困りな事はありませんか。自分で良ければ、及ばずながら力になりますが」

「そうですね。私達が懇意にしている孤児院がありまして」

「ああ、この街にある。領主から補助金の申請が来ているので、近日中に立て替えの着工をする予定です」

「随分簡単に言いますね」

「他ならぬ、あの戦いに関わる孤児達ですので。その居場所を守るのは、国の役目です。先輩達の家を建て替えてくれと言われたら、困っていた所ですが」

 そう言って笑う王子。

 なんだか、一気に力が抜けてきた。

「察しが良くて助かります。つくづく、良い施政者になっていますね」

「お陰様で。魔王殺しの称号も、最大限利用させて頂いています」

「そういう所ですよ」

 くすりと笑う美少女。

 あの振る舞いは、決して彼女の功績を奪い取るためではない。むしろその逆。この王子に、栄誉と名声を与えるためだ。

 こいつを促した、当の本人が目の前にいるので間違いは無い。

「だから俺は、いつまで経っても先輩達の奴隷です」

「人聞きが悪いですね。私からあなたに、何かを求めた事は一度もありませんよ」

「だからこそです。とにかく皆さんにまた会えて嬉しかったです。この前の集まりにも、出来れば参加したかったのですが」

「その機会は、またいつかあるでしょう」

 席を立ち、俺達に一礼する王子。

 俺と美少女はその肩に触れ、気持ちを伝える。

 あの日から変わらない、俺達の仲間に。



 王子を見送り、2人きりでグラスを傾ける。

「今日、奴らが来る事を知ってたのか。お前も猫も」

「こんな偶然があれば、逆に恐ろしいです。それに情報は、どうやっても漏れる物ですよ」

「しかし孤児院は助かったが、家は結局自分でなんとかする訳か。当たり前の話だが」

「気負わず、ゆっくりやれば良いんですよ。時間はいくらでもあるんですから」

「ああ」

 また雨漏りはするかも知れないが、住めない訳ではない。たわいもない事に騒いで、喜んで、思い出を分かち合いながら過ごしていけば良い。

「出来れば温泉を引きたいですが、それは少し難しいでしょうね。以前聞いた話だと、とにかく深く掘れば温泉はどこでも出るらしいのですが」

「風呂の話ばかりだな」

「体に良いと聞きますし、何より心が安まります。大きいお風呂なら、大勢で入れますしね」

「そんな予定でもあるのか」

「あれば良いなと思っています」

 いたずらっぽく笑う美少女。

 俺は返す言葉もなく、グラスに残っていた果実水を飲み干した。

 

 たわいもない、明日には忘れるような日々のやりとり。こんな日がいつまでも続けばと思いながら。


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魔王を倒してはみたものの 雪野 @ykino1

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