第10話
遠足も無事に終わり、子供達を孤児院へ送り届けて家へ戻ってくる。
「お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
美少女の出迎えを受け、食堂で買ってきた夕食を彼女へ渡す。昼は結構な量を作ったつもりだったが、あっという間に完食。
最後はウサギを狩る羽目になったくらいだ。
「花冠、保存出来ないか試してみますね」
「魔法でも使うのか」
「水分を上手く抜けば出来るんですよ」
指差される玄関の壁際。そこには花冠が、絵の横に吊り下げられている。
「何もかも分からん。あの絵も含めて」
「魔王討伐の瞬間を描いた絵です。正確には、魔王と王子ですね」
「そういう訳か」
話を聞いた後だと、なんと無くそう見えなくもない。技法というか斬新な描き方をしているので、その辺の子供が殴り描きした絵かと思っていた。
「あんなの飾ってあったか?」
「この間食事会で言っていた、討伐の祭典。その時に、関係者へ配られたと聞いています。あなたがいない時に受け取ったので、私が飾っておきました」
言いたい事は色々あるが、本人が自分で飾ったのなら俺がそれを止める権利はない。
「今日は楽しかったですか」
「ああ。多少は気が楽になった」
思い詰めていたというか、変なやる気は出ていたがかなり空回っていたのに今更ながら気付く。今は良い意味で、やる気がみなぎっている。
「とはいえ、金は必要な訳だ。あの土地自体は、立ち退くとかそういう話では無いんだよな」
「そもそも国の土地ですから、そういう心配は無いでしょう。孤児院を取り潰すという話が持ち上がれば、また別ですが」
「その時は、そんな事を考えた奴が潰れるだけさ」
精神的にか、物理的にか。それとも両方か。それは、そんな事があった時に考えれば良い。
「まあ、良い。この話はまたじっくり考える。それと酒場の親父が、酒場へ暇な時に訪ねるよう言ってたぞ。この前の食事会で渡し忘れた物があるとか」
「分かりました。明日にでも立ち寄ってみます」
「俺に渡せと言っても、絶対駄目って言うんだよな。あの親父」
「乙女の秘密なんでしょう」
それはお前の事だよな。
親父の事ではないよな。
翌朝。孤児院の前を通り過ぎ、街へ続く道をそのまま歩いて行く。
「実入りの依頼があれば、それを受けてくる。泊まりがけになる可能性もあるから、その時は孤児院か猫の家に泊まってくれ」
「分かりました。危ないと思ったら、迷わず逃げてくるんですよ」
「本当にそればかりだな」
「経緯はどうであれ、最後に立っている人が勝ちなんです。私は、勇気だけで生きていける人を知りませんからね」
そういう奴は過去大勢いたが、大抵は死んでいる。辛辣だが、初心者が特に陥りやすい罠だ。
街中をしばらく歩き、冒険者ギルドからほど近い酒場に到着。営業時間前だが、特に問題は無いだろう。
「連れてきたぞ」
俺が声を掛けると、掃除していた店主が俺にほうきを渡してきた。でもってそのまま、店の奥へ引っ込むと来た。
「俺の仕事かな、これ」
「他に誰もいませんからね」
なるほどと思い、袖をまくって床を掃いていく。よく分からんが、ゴミは外に掃き出して良いのかな。
「悪い、扉を・・・・・・」
そう声を掛けた所で、扉が開く。こんな時間に訪ねてくる奴はそういる訳がなく、だとしたら猫かギルドの関係者か。
「薄汚れた店だな」
いかにも貴族然とした中年男性が、護衛風の剣士を数名伴って店内に入ってきた。この街の官僚では無いようで、王都から来た中央官僚か。
「勇者を名乗る不届き者が、この店にたむろしているのは本当か」
「誰だよ、お前」
ほうきを担ぎ、貴族と正面から向き合う。俺も普段ならこういう態度を取らないし、なんなら下手に出る事だってある。
とはいえ、勇者を馬鹿にされれば話は別。こいつを馬鹿にされて、冷静に振る舞えるはずもない。
「貴様、大臣に向かってその口の利き方はなんだっ」
「で、その大臣が何の用だ」
「貴様、いい加減に」
剣に手を掛けたところで、ほうきを全力で振り抜く。兜の上からなので威力は軽減されるが、無くなる訳では無い。
結果として剣士は隣にいた同輩を巻き込み、床を転がっていった。
「騎士に刃向かうのは、重罪に値するぞ」
護衛がやられた割には余裕な態度を見せる大臣。右手に杖を持っているので、魔術師という訳か。
「偽の勇者などを祭り上げている時点で、十分罰するに値する」
「そんな話、聞いた事も無い事も無いけどな」
「私が罰と言えば、それは何であれ罪になるのだ。貴様はしばらく牢で飼った後、魔物の餌にしてくれるわ」
こういう台詞を言う奴が、本当にいるんだな。なんと言うのか、逆に感心してきた。
「この世界に英雄は、王子ただ1人。貴様らのような輩など、存在すら許されんのだ」
「王子の権威付けか。それを王子が求めたのか」
「そんな事は関係が無い。私の言葉が、全てに勝るのだ」
横に流れる大臣の視線。
その先には、退屈そうに杖で床を突いている美少女の姿があった。
「なるほど。貴様が農民の小娘で、お前が従卒か」
こういう呼ばれ方も久し振り。実際は親の職業がそれで、俺達を罵倒する定番の台詞でもあった。
「所詮女と荷物運びか。まあ、いい。謝罪をしてこの国から出て行くのなら、罪には問わん。今すぐ出ていき、2度と戻ってくるな」
そう語りかけられた美少女は、「自分の番?」みたいな顔をして俺を見てきた。人の事を言えないが、こいつも大概だな。
「彼が言った通り王子が望む行動とも思えませんし、こんな事が露見すれば大臣も立場がないのでは」
「結界程度張ってあるわ。ここで何があろうと外には漏れないし、お前達も逃げられん。なんなら、力尽くで従わせても良いんだぞ」
豪奢な宝石の付いた杖を美少女へ向ける大臣。
俺が動くのを美少女は手で制し、向けられた杖を真っ直ぐ見据えた。
「その程度の脅しに屈するとでも?」
「肉体的な苦痛ではなく、その心を蝕んでくれるわっ」
杖に付いた宝石が強く輝き、その光が美少女を包み込む。
それでも美少女は俺を制すように、手を挙げたまま微動だにしない。
「苦悩、悲嘆、絶望。一生分のそれを立て続けに味わって、それでもまだ能書きを垂れていられるか?」
杖を振り、高笑いする大臣。
俺はすぐに床に転がっている剣士の剣をもぎ取り、それを振りかぶる。
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