第9話

 空はどこまでも青く広く、吹く風は穏やかで涼やか。歩いていると少し汗ばむくらいだが、それがまだ心地良い。

「あの山、この山、はるかなたー」

「かなたー」

「どの山、その山、春うららー」

「うららー」

 青空に響く甲高い歌声。そして歓声。

 目の前を子供の群れが走り抜け、と思ったら別な子供が背中によじ登ってきた。

「おい」

 登ってきた子供を2人くらい肩に担ぎ、背中に負ぶさっているのは何人か見当も付かん。

「昔、そういう魔物がいましたね。体から酸を滲ませる、ぬらっとした」

「女達は服が溶けるとか騒いでたけど、あれは鎧も溶かしてたんだぞ。放っておいたら、多分骨まで溶けて無くなるんだろうな」

 そう厄介な魔物よりはましだが、体温が高いせいか異常に熱い。これはこれで厄介だな。

「で、これは一体なんなんだ」

「一般的な学校では、遠足という行事があるそうです」

「弁当を持って、どこかへ出かける奴だろ。それは俺も知ってる」

「天気も良いですし、丁度良いかと思いまして」

 何がと丁度良いかも不明だが、こちらも色々思い悩んでいたところ。下手に冒険へ出かけて、気を抜いたところを魔物に襲われるよりはましか。

 ちなみに今歩いているのは、俺達の家へと続く小道。と言っても俺や馬車が踏み固めた跡があるだけで、この先は俺達の家しかないため誰ともすれ違わない。

「俺達の家に行っても、雨漏りの跡が見れるだけだろ」

「それはもののあわれを感じられますが、今日は小川の辺りで過ごす予定です。浅瀬の所なら、水遊びをしてもおぼれる心配はありませんし」

「魚でも釣るか」

 家に釣り竿を取りに行っても良いが、その辺の枝で作る事も出来る。糸の自作は手間なので、余ってる布を使うとしよう。

「楽しそうな顔をしてますね」

「そうかな」

「一曲歌いますか?」

 そこまで浮かれてはいない。


 小川に到着したところで木陰に厚手の布を広げ、美少女と小さい子供達を座らせる。俺は子供達が悪さをしないよう、見て回るとするか。

「何かあったら、すぐに呼べよ。魔物はいないが、獣は普通にいるからな」

「分かりました。いざとなったら、私がこうしてやりますよ」

 よたよたと振られる杖。どうしてやるのかはよく分からんが、やる気だけは伝わった。

 布から取り出した糸を紡ぎ、長めの枝にくくりつける。浮きも木片で代用するとして問題は針か。

「これでいいのか」

 腰から短剣を抜き、それとは別に持ってきていた鉈へ短剣を振り下ろす。小さな鉄片が宙を舞い、俺はそれを捕まえて丸く折り曲げた。

 返しはないが針の完成で、餌はその辺でミミズでも捕まえよう。

「ガキ共、迂闊に近付くなよ。クジラが釣れるかもしれんからな」

 何を言ってるんだという、冷ややかな視線。最近の子供には、冗談も通じないな。

 釣り竿は年長の子供達に任せ、大きな木の上を見上げている子供達の元へ向かう。

「・・・・・・なんか、なってるな」

 何人かの子供が幹にしがみついて登ろうとするが、掴まる枝がないためすぐずり落ちてくる。この調子だと、木の幹がつるつるに磨かれそうだ。

 俺の手が届く高さにも枝はなく、普通に考えれば登るのは不可能だ。

「ちょっと待ってろよ」

 少し下がり、息を整えて木に向かって走る。そして軽く跳躍し、わずかな木の傷に足を掛けて上に飛ぶ。 

 一気に高さを稼ぎ、手に届いた枝を掴んで体を引き寄せる。後はそこを軸に一回転し、別な枝の上に飛び乗って終わりだ。

「・・・・・・よく分からんが、食べれるのか?」

 この辺は普段も歩いているが、何の木かは全く知らないし実がなっているのも今日知ったばかり。ただ虫食いや鳥がついばんだ跡もあるので、食べられない物では無いだろう。

 見た目が綺麗な木の実を1つもぎ、かじりつく。少しの酸味と、ほのかな甘み。俺が子供の頃なら、叫び声の1つも上げて走り回ったかも知れない。

「少し落とすから、布を持って来い。大きな布を」

 すぐに走って行く子供達。そして俺の意図を察して、それを数名でもって木の下で広げた。

「こんな物か」

 全部取ると鳥や虫の取り分がなくなり、それとは別にいくつかは残すと聞いた事がある。また実がなっている木は他にもありそうで、次はそっちを取るとしよう。

「っと」

 下に子供達がいないのを見計らい、枝から飛び降りる。家の屋根くらいの高さだが、雷に打たれそうになって落ちるよりはましだ。

「昼飯があるから、食べ過ぎるなよ。で、今度はなんだ」

 少し離れた草むらの上に、女の子が集まって騒いでいる。どうやら花を摘んで冠を作っているらしく、これは完全に俺の専門外だ。

「子供でも、女は女なんだな。俺は感心したぞ」 

 そう言ったら、また冷ややかな目で見つめられた。我ながら、かなり配慮に欠けた発言だったようだ。

「そんな物は、俺は被らん。被らんと言っただろ」

 結局強引に押しつけられ、一番派手な花冠を頭の上に乗せる事となった。で、これはどんな効果があるんだよ。


 他の子供の様子も一通り見て回り、木陰で休む美少女の元へ戻る。当然、楽しげに笑われる。

「あなたもそういう所があったんですね」

「俺の趣味じゃない」

「王冠よりは、価値があるかも知れませんよ」

「かもな」

 魔王討伐の主力はこの国の冒険者で、また最後に一太刀を浴びせたのは王子。その国の王が被る王冠。つまり権威は、この近隣で並ぶ物が無い。

 俺もこの国で生きている以上、それなりの愛着もあれば思い入れもある。決して悪政を行っている訳では無いし、不利益を被った事も無い。

 ただそれと王家への忠誠は、また別だ。

「腹が減ってきたな。パンでも持ってきてるのか」

「ええ。後は現地調達出来た物次第ですね」

「果物が手に入ったから、子供達が持ってくると思う。魚は任せてるから、よく分からん」

 俺は被っていた花冠を彼女へ被せ、1人で頷いた。どうして頷いたかは、これこそよく分からん。

「取りあえず、火でも熾すか。野営で飯と言ったら、焚き火だからな」

 遠足ですよという視線は、気にしないでおこう。


 簡素なかまどを作り、誰が持ってきたかも分からん鍋をその上に乗せる。後は食べられる野草を放り込み、子供達が釣ってきた魚も放り込む。

 味付けは冒険者ギルドで定期的に支給される、初心者向けの固形スープを放り込む。

 食べられない頃を思い出すと言ってこれを嫌う冒険者もいるが、俺は逆。郷愁に似た感情を想起する。

「大人数で食べるのは、これが一番だな」

「それは議論の余地を感じますが、今日みたいな日には良いでしょうね。人数としても、場所としても」

「良い場所だろ」

 風光明媚でないが子供達を遊ばしても危険が無く、近隣とのいざこざを起こす事も無い。見渡す限りは自分の土地で、誰かに気兼ねする必要も無い。

「何故この土地を? 報酬としての提案は、他にもあったと思いますが」

 報酬というのは、魔王討伐に対しての話。功績に応じて報酬は異なり、金銭とは別にある程度はこちらの意向が反映されている。

 猫のように店の権利とその優遇措置だったり、地方での任官だったり、海外への留学だったり。

 俺は一応主力だと認識されていたので、これだけの規模で土地が与えられた。

「今回の立て替えと多少近い話なんだが。魔王討伐後に、食い詰める奴が出る可能性を考えてな」

「その方達を、この土地に住まわせるという考えですか」

「まあな。実際は全員普通に暮らせてるから、結果として馬鹿でかい土地と雨漏りする家が残っただけだ」

「あなたらしい話ですね」

 くすりと笑い、鍋を覗き込む美少女。その横顔はいつものように穏やかで、また呆れたようにも見える。

「お前は何を願ったんだ」

「女の秘密は探らない物です」

 そういう話なのか?


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