第7話
困難を極めた戦いの後、決定打となったのは美少女の一撃。
正確には魔王が魔力を吸収しようとし、こいつは一気に力を失った。同時に魔王は自分の能力以上の魔力を溜め込む事となり、結果として自壊。
崩れていく魔王に、誰がそそのかしたのか王子が剣を振り下ろしたのが結末だ。
言ってみれば霞に剣を突き立てるような物で、確かに斬れたようには見えるが意味は無い。それはあの場にいる誰もが分かっているし、王子本人が一番自覚しているだろう。
猫は追加の酒を頼み、拳の裏で軽くカウンターを叩いた。
「親父さんは魔王を倒した報酬で、この店を改装。後は希少なお酒を幾つももらった。今日乾杯の時に飲んだお酒も、その中の1つで結構高いんだよ」
「全然気付かなかったな。で、お前も同じような物だったか」
「私はこの街での出店と、他国と取引する場合の関税免除。まあ、それほど悪くは無いよ」
魔王自身の討伐はともかく、その報酬については対価に見合う報酬が全員に与えられたと聞いている。金銭もそれなりに振る舞われたが、使えば無くなる物。さすがにそれだけで一生安泰という訳では無い。
「それで、あなたは何を頂いたのですか」
俺を見て、真顔で尋ねて来る美少女。
何も知らないな、こいつ。
「今住んでる家一帯の土地で、結構な範囲だぞ。ただ俺達の代では売れないから、金にはならん」
「だから、どなたも住んでないんですね。事故物件的な土地かと思ってました」
そう思ってたら、平然と住むなよ。
土地としてはかなり広く、ただ何も無い。草原と森と、さらに遠くまで行っても森と山。また一部は、海に面もしていると聞いてはいるが。
「あの家も、その時付いてきたの?」
「ああ。多分、急ごしらえなんだろうな。だから建て替える金をどう工面するか、考えてる所だ。まあ、報酬の高い依頼をこなすしかないんだが」
「君はいつまで経っても変わらないね」
「子供なんですよ、結局。私は、皆さんに挨拶してきますね」
美少女は杖を突き、グラス片手にテーブル席へ歩いて行った。
すぐに笑い声と歓声が沸き起こり、彼女がいかに慕われていたかが伺える。
「あの子の調子は、最近どう?」
「大分良くなって、この前は肉を食べてた。それに紅茶を入れてた。あいつがさ」
「・・・・・・どうして泣くの?」
そう言われて頬に手を触れると、涙が伝っていた。これは自分でも、意味が分からんな。
でもってテーブル席の方から笑い声が巻き起こり、美少女が仲間達を一緒にこっちを見て笑っている。
これはしばらく、この話題でからかわれそうだな。
やがて1人帰り2人帰り、気付けば店内に残っているのは数える程。場所を変えて、気の合う連中同士で飲み直しているのかも知れない。
「俺達も帰るか。いや、ちょっと暗くて危ないな」
「私の家と言いたいけど、この上に泊まったら? 私も今日は、予約してあるし」
「昔みたいだな」
その頃の店主は今の親父ではなく、その先代。貫禄という意味では、大分似てきたが。
「お金がなくて、馬小屋で寝た事もありましたね」
「あれも、今振り返れば良い思い出だよ。もう一度繰り返したくない方の」
「そういう思い出ばかりな気もしますが、今日はベッドで寝られそうで何よりです」
猫と連れだって、2階へ続く階段を上っていく美少女。その姿を見送って、店主が出してきたグラスに口を付ける。
酒かと思ったら中身は水で、ただグラスが薄いせいかいつもより美味しく感じる。昔はこんなグラスを出されたら、割ってしまわないかビクビクして味も何も分からなかったが。
「俺もそろそろ寝るかな。お前らも、適当なところで切り上げろよ」
まだ残っている仲間に声を掛け、今更ながらふと気付く。
猫への贈り物はともかく、ここの代金は誰が払ってるんだ。
「俺も少し払った方が良いのか」
店主に告げると、無言でカウンターに革袋が置かれた。それを持ち上げると結構な重みがあり、数日この騒ぎを続けても問題はなさそうな額が入っているようだ。
「あいつ、滅茶苦茶儲けてるんだな。まあ、それはそれだ」
俺もささやかな手持ちをカウンターに置き、2階へ向かう。今日は良い気分で眠れそうで、ついでに良い夢が見られれば良いなと思う。
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