第6話

 その週末。予定より少し早めに、食堂の扉をくぐる。

「いらっしゃい」

 愛想の良い笑顔で出迎える猫。

 カウンターには彼女が1人。テーブル席には、見知った顔が幾つも並ぶ。

「まだ早いよ」

「少々気が急きまして。これで全員ですか?」

「遅れてくる子もいる。みんな仕事をしてたり、結婚して家の事があるから」

「あれから何年も経ってますからね」

 涼しげな声で呟く美少女。

 あれからというのは、魔王を討伐してからの月日。

 俺は冒険者を続けているが、そういう奴は半数にも満たないはず。報酬で事業を始めたり、田舎へ戻ったり。

 あの戦いの後に死んだ奴も、何人かいる。

「古物商の方はいかがですか?」

「まあまあだね。彼がたまに、良い物を持ってきてくれるよ」

 依頼の途中で手に入れた希少な物は、基本彼女の所へ卸している。ギルドへ渡すは、それなりに希少な物中心。お互いを立てるという事だ。

「親父さん達が料理を作ってるから、もう少し待ってて」

「お構いなく。元気そうですね、あの方も」

「元気ではない姿を見た事が無いけどね」

 店主は前衛で、自分より大きい盾を持って戦線を支えていた。あの盾で潰された魔物の数は、千や二千では利かないだろう。

「取りあえず、何か飲む?」

「果肉の果実水をお願いします」

「昔は樽に、ジョッキを突っ込んでたのにね」

「はしたない話です」

 否定はしない美少女。

 それはここにいる連中、全員に言える話だが。



 やがて殆どの席が埋まり、それぞれの前に料理が並ぶ。

 美少女に軽く肘でつつかれ、俺は立ち上がって軽く息を整えた。

「あれからどれだけ経ったかも忘れたが、こうしてまた敢えて嬉しく思う。今日ここに来られなかった奴らにも」

 軽くジョッキを掲げ、拍手と歓声が小さく起きる。

「辛い思い出、苦しい思い出もある。今が決して、かつて望んで暮らしでは無い奴もいるだろう。それでも俺達は共に旅をして、共に戦い、お互いを助け合った。それが消え去ることは決して無い」

 再び上がる歓声。俺はそれが静まるのを待って、改めてジョッキを掲げた。

「あの栄光の日々に感謝を」

 一斉に掲げられるジョッキ。そして歓声。

 俺はジョッキを傾け、一息に飲み干した。

「あなたは、こういうのが上手いですね」

「お前の方が上手いだろ」

「私は煽るのが得意なだけですよ」

 くすりと笑い、皿に乗っていた木の実を頬張る美少女。

 そんな物かと思いつつ、運ばれてきたジョッキに口を付ける。

「で、結局これは何の集まりなんだ。あの日以来会ってない奴も来てるが」

「何言ってるの、君」

 猫が、じとっとした目で俺を睨んできた。

「何が」

「魔王を討伐した日だよ。正確には数日ずれてるけど、週末の方が集まりやすかったから今日にしてるだけで」

 呆れた顔でグラスに口を付ける猫。

 ただいくら俺でも、魔王を討伐した日は知っている。その日は国を挙げての行事となり、数日間はこの街も賑わうはずだ。

「もしかして、お祭りの日が魔王討伐の日だと思ってる?」

「だって、え? 国が言ってるんだぞ」

「あれは、王子が王都に凱旋した日でしょ。ただ負傷者が多くて休み休み王都に戻ってきたし、討伐した日からはかなりずれてるよ」

「そう言えば、そうだったか」

 正直どうやって戻ってきたかも記憶が曖昧で、あの時はこいつどうやって無事に運ぶかばかりを考えていた。それに王都へ戻る途中でも何人かが亡くなり、俺達は祝勝気分などまるでなかった。

「こういう人なんですよ」

「お前もよく分かってなかっただろ」

「私は倒した後、ずっと眠ってましたから。逆に、倒した日をよく記録してましたね」

「王子の供回りに文官が数人いたじゃない。一応その日も、王都ではささやかに祭典が行われてるらしいよ」

 猫の説明に、なるほどと今更ながら思う。

 魔王討伐戦には幾つもの組織が関わり、その主力は俺達冒険者と各国から集まった軍隊。

 また王族を派遣した国も幾つかあり、その1つがこの国だ。

 とはいえ死地に赴く戦いで、派遣されたのは捨て扶持を与えられたような王族ばかり。

 それでも魔王を倒せば良し。国は国際的な立場を高め、派遣された王族は国内での地位を得る。

 失敗しても、名ばかりの王族がいなくなるだけ。どちらに転んでも、誰も損はしない。

「魔王を討ち取りしは、かの王子。その栄誉は建国王に並び立つだろう。なんて、お祭りの日には言ってるよね」

「間違えてはないだろ。最後に魔王の首へ剣を振り下ろしたのは、俺も見た」

「この子が魔王を倒して、吹き飛んだ首にでしょ」

 美少女の肩に触れながら呟く猫。

 それはあの場にいた者なら、誰もが知る事実。

 この国で、この世界で語られる討伐劇とは異なる真実だ。


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