第5話

 翌朝。雨はすっかり上がり、外に出ると焦げた木の幹が家の真横に転がっていた。幸い家には当たっておらず、余計な修理は必要なさそうだ。

 という訳ですぐ街へ向かい、大工を伴って戻ってくる。

「ざっと見てみましたが、屋根以外も痛んでいる所はありますね。それほど古い建物とも思えませんが」

「この土地を引き継いだ時、家も一緒に渡された。もしかしてその時、急ごしらえで作られたのかもしれん」

「そうですか。全体を修理すると考えた場合、建て替えるのも1つの手ですが。何か思い入れとかは」

 若そうな大工の男性に尋ねられ、小首を傾げる。

 正直屋根があればましという意識しかなく、その屋根が駄目になったから困っているだけ。今まで住んでいてなんだが、思い入れは特にない。

 それとなく隣へ視線を向けると、美少女は家の壁に手を添えた。

「建てて頂いた方には申し訳ないですが、そういう事では仕方ありません。一旦同等の建物で見積もりをお願いします」

「分かりました。応急処置はしておきましたので、当面住むには問題ありません。それでは、こちらを」

 差し出される請求書。思ったほどではないが、思ったほど安いという訳でも無い。

 代金を払い、馬車に乗って去って行く大工を見送る。今日は何もしていないのに、なんだか疲れたな。

「どうせ建て替えるなら、この場所じゃなくても良いんだよな」

「ええ。部屋や構造も、希望を出しても良いでしょう。その分、見積もりより高くなるとは思いますが」

「それはもう今更で、この際構わん。やはり武器庫は欲しいんだよな。後は資材置き場というか、物置小屋も」

 今は武器を物置に置いてあり、槍の隣に鍬が並んでいたりする。それはそれで一興だが、中には由来がある武器もあるのでそれなりの保管をしたい。

「私は、お風呂をもう少し大きくして欲しいです。2、3人入れるくらいだと申し分無いですね」

「自然にお湯が出る道具。あれって高いんだよな」

「全人類理想の技術ですから。とはいえ人によっては、女房を質に入れてでもでしょう」

 そこまでかな。まあ、言わんとしたい事は分からなくも無いが。

「まずは初めの見積もりをもらってから考えるか。それと場所は街に近い方が良いのか、遠い方が良いのか」

「やはり、近い方が良いでしょう。小川がある辺りなら、井戸が無くても水が引けますし」

「風呂前提で考えてないよな」

「まさか。ちなみに東方では、浴槽を檜で作るのが良しとされているそうです」

 これはちょっと、真剣に金策を考えた方が良さそうだ。

「北方では蒸し風呂も盛んだと聞きますよ」

 もういいよ。


 数日後。猫に呼び出され、冒険者ギルドの帰りに酒場へ立ち寄る。

「よう。食事会の話か」

「そんなところ。今週末の夕方頃を予定してるから、よろしく」

「分かった。あいつにも伝えておく」

「それと、家を建て替えるって聞いたよ」

 どこから広まったか知らないが、聞かれて困る話でも無い。昔なら奇襲を想定して、すみかを転々としていた事もあったが。

「今は、金を稼ぐ方法を考えてる所だ」

「街には住まないの?」

「俺もだが、あのくらいのんびりした場所の方が良いらしい」

 街からほど近く、それでいて喧噪もなく。言うなれば気ままに過ごす事が出来る。

「まあ、いいや。気を利かせて、高い贈り物とか持ってこなくて良いからね」

「伝えておく。俺は金を用意しただけで、よく分からんが」

「君はそれでいいんだよ。さあ、早くあの子を迎えに行って」

「分かった。またな」

 

 孤児院へ着くと、いつものように日だまりの中でぼんやりと空を眺めていた。少し青みの薄れた空に大きな雲が浮かび、微かにそれでも確かに流れていく。

「食事会は週末だ。それと、高い贈り物はいらんと言われた」

「そういう事は、普通口にしない物です。あなたもあの人も、人が良いんだか悪いんだか」

「お前ほどじゃない」

 今日は子供達がまだ庭にいて、例によって喚声を上げて走り回っている。

 俺もまだ老け込む年では無いが、この元気さが眩く思える程。ただ俺も昔は、こんな時があったのだろうか。

 振り返ってもそういう記憶が無く、それは多分あまり良い幼少時代を過ごしていなかった事の明かし。それは俺に限らず、当時の時代背景。魔王軍との戦いが色濃い故の話だ。

「昔の自分は何も無かったけど、ここにいる子供達は少なくとも笑顔で走っていられる。なんて、黄昏れてます?」

「うるさいよ。ほら、帰るぞ」

 軽く手を引いて彼女を立ち上がらせ、むしゃぶりついてくる子供達を軽く押し返していく。それでも子供達が止まる気配はなく、こういう魔物がいたらかなり厄介だな。

「こらこら。あまり無茶をすると、お尻から手を入れて大切物を抜いてしまいます」

 例により物騒な事を言い出す美少女。たまにこれを言うけど、一体何を抜くんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る