第4話

 数日後。いつものように孤児院からの帰り、家に向かっていると彼女が不意に後ろを振りむいた。

「雨が降りそうですね」

 彼女に釣られて振り向くと、いつになく空が暗く重い。

 こいつは感覚で察したようだが、あの空を見れば雨が近いのは俺でも分かる。

「飯を食べたら、屋根を修理する。大工は、雨が止んだ後に呼ぶ」

「逆では無いのですか、それ」

「判断を見誤った。昔もこんなの、良くあったな」

「下見でダンジョンに潜ったら竜がいて、木刀で突っ込んでいった時もありましたね」

 くすくすと笑う美少女。

 突っ込んでいったのはこいつで、木刀で打ち倒したのもこいつだが。

「修理で済ますか、いっそ建て替えるか。どうする」

「予算次第なのでは。それと修理はありがたいですが、屋根から転げ落ちないようにして下さいよ」

「ああ、時間が掛かるかも知れないから、先に寝てくれ」

「分かりました。どこかでゴロゴロ言ってますけど、猫でもいます?」

 雷だよ、雷。高い所に落ちるあれだよ。


 雨具を着込み、はしごを使って屋根の上によじのぼる。頭から被った雨具が音を立てていて、少しずつ降ってきているようだ。

「手早く済ますか」

 腰に下げたカンテラを頼りに、傾斜の付いた屋根の上を歩いて行く。転げ落ちる事もだが、屋根を踏み抜かない方へも意識を注ごう。

 記憶を頼りに歩みを進め、台所だろう辺りで立ち止まる。カンテラを外して足下を照らすと、屋根の一部が崩れていた。

 木材が悪くなったのか、元々作りが悪かったのか。理由はこの際どうでも良いとして、取りあえず板で補強するか。素人の処置だが、何もしないよりはましだろう。

「お」 

 かなり近くで稲光が走り、少しして轟音が鳴り響いた。腰を抜かしはしないが、端にいたら屋根から転げ落ちていたと思う。

 カンテラを腰へ戻し、持ってきた板を屋根に打ち付ける。ぼんやり見えるそれはかなり不格好だが、雨が漏るよりはましだろう。

「問題なさそうだな」

 軽く足で踏みしめ、軽く息を付く。後はさっさと降りて。

「おっ?」

 突然の稲光、次いで轟音。最後に焦げた匂いがして、転げ落ちる。

 それでもどうにか受け身を取り、咄嗟に抱えていた物を確かめる。

「・・・・・・カンテラか」

 幸い雷が落ちたのは俺自身ではなく、近くの木。怪我もないし、カンテラも無事。なんだか気も抜けたし、今日はこのくらいで良いだろう。


 玄関の扉を開け、物音を立てないよう慎重に中へ入る。雨具だけその辺に干して、さっさと寝るか。

「おわっ」

 今日一番の大声を出し、後ろに飛び退いて構えを取る。理由はカンテラの明かりに浮かび上がった人影のせいだ。

「どうかしましたか」

 暗闇に浮かび上がる美少女の姿。

 冷静に考えれば、そうだよな。

「寝てろって言っただろ」

「雷の音がすごくて、それどころではありませんでした。最後に落ちませんでした?」

「隣に生えている木に落ちた。俺は、転げ落ちただけだ」

「その違いは?」

 多少まし、と言うくらいだろう。

「台所の上当たりが崩れてたから、板でふさいできた。多分明日までは持つだろう」

「ご苦労様です。お茶でもどうです?」

「お茶?」

「お湯を沸かしてありますから。まずは、着替えてきて下さい」


 言われるままに服を着替え、頭をタオルで拭きながら台所へ入る。屋根は黒ずんでいるが雨は漏っておらず、応急処置にはなったようだ。

「お茶ってなんだ」

「私が淹れますから」

 おぼつかない手つきで、急須にお湯を注ぐ美少女。そして茶葉を注ぎ、蓋をした。

「こうして蒸らすと、より美味しく頂けます」

「はぁ」

「どうかしましたか?」

「だってお前。お茶を淹れるって」

 確かに、ただお湯を沸かして茶葉を注いだだけ。本当にそれだけ。

 だけどあの日以来ベッドから起き上がる事も出来ない日々が続き、まともに歩けるようになったのも最近の事だ。

「大丈夫ですか?」

「俺は全然」

 頭を拭いていたタオルで顔を拭い、彼女が両手で注いでくれた紅茶を一口含む。少し苦く、だけど温かく、穏やかな紅茶を。 

「美味しいよ」

「それは良かったです。こういう事をしていると、昔を思い出しますね」

「ああ」

 冒険に出ていた頃は夜になると、焚き火の前でこうして集まった物だ。当時は手にしていた物がその土地で手に入れた酒だったり、珍しい菓子だったりした。

 こいつらはよく、紅茶を飲んでいた気もする。

「あの頃の味が懐かしい。と言いたいですが、普通にこちらの方が美味しいですね」

「身も蓋もないな」

 とはいえあの頃は自給自足に近く、茶葉もその辺の野草を摘んだ物だった気がする。こいつらは、断固として紅茶と言い張っていたが。

「明日雨がやんでいたら、大工を呼んでくる」

「お願いします。さて、私はそろそろ寝ますが」

「俺もこれを飲んだらすぐに寝る」

「そうして下さい。たまには良いですね、こういう時間も」

 くすりと笑い台所を出て行く美少女。

 それは俺の台詞だと思いつつ、その背中を見送った。

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