第3話

 森から歩く事しばし。好奇の目に晒されつつ、冒険者ギルドへ舞い戻る。

「これが依頼の素材で、それ以外のもあるから査定を頼む」

「承りました。それで、何か運んで来られたそうですが」

「ああ。猪に出くわしたから、運んできた」

 正確には縄をくくりつけ、組んだ丸太に乗せて運んできた。重いどころの話では無く、その辺の家を引っ張った方が余程軽かったのではないだろうか。

「それの買い取りも頼みたいが、肉はある程度持って帰りたい」

「では手配いたします。お届けはどちらへ?」

「ここの経営する酒場へ頼む。・・・・・・半分くらいは、好きに分けてくれ」

 最後の台詞は、ギルドに集まっている冒険者へ向けての台詞。その途端どっと喚声が沸き起こり、我先に外へ飛び出ていった。

 あれだけいれば、解体も早く済むだろう。

「お気遣い、ありがとうございます」

「いや」

 馬鹿でかい猪は俺の獲物で、その報酬も当然俺の物。とはいえあれだけの物を独り占めして良い事は何も無く、だとすれば多少は還元するのも1つの手だ。

 酒場で届けられていた肉を受け取り、夕食も買い込んで町を出る。

 孤児院を訪ねると子供の姿はすでに無く、少し陰り始めた日の中で奴がぼんやりと空を眺めていた。

「お帰りなさい。無事で何よりです」

「ああ、ただいま。ちょっと待っててくれ。土産を、院長に渡してくる」

「気前よく猪を振る舞ったと聞きますよ。東方では宵越しの金は持たないという戯言があるそうですが、あなたの先祖はそこの出身かも知れませんね」

 楽しげに笑う美少女。

 人の事は言えないだろと思いつつ、肉を担いで俺は厨房へと向かった。


 家に着いた頃には夕暮れを迎えていて、切ない香りが鼻腔をくすぐる。冒険に明け暮れていた時はあまり感じなかったが、家という存在とこの感情は強く結びついている気がする。

「なんだか、乙女みたいに感傷的な事を考えてます?」

「うるさいよ。これ、猫がお前にって。それと今度、例の酒場で食事会をしたいらしい」

「あの子もつくづく人が良いと言いますか。こういうのは自分に使えば良いと思うのですが」

 皮袋から出てきたのは金の粒と、青い宝石がはめられたネックレス。淡く輝いているので、もしかすると魔力も込められているかも知れない。

「食事会は構いませんが、何か集まる理由でもありましたか?」

「さあな」

 誕生日に集まる柄でもないし、そもそも自分の誕生日すら当日になっても気付かない。

 もしかして何かの記念日かもしれないが、それは誕生日以上に不明。まあ、上手いものが食べられるならそれでいいか。

「彼女へ渡す贈り物を考えておきますから、お金を用意しておいて下さいね」

「ああ。屋根の修理は俺が自分でやる」

「そこを惜しむ程高い物は贈りません。大体この宝石は売れば城の1つは買えますから、対価として釣り合いません」

 嘘だろと言いたかったが、美少女の顔は真剣。またこの手の冗談を言う奴でもない。

「全く。あなたも彼女も、詐欺師に騙されないか心配です」

「私がその詐欺師です、とか言うつもりか」

「よく分かりましたね」

 涼やかに微笑み、宝石に指先を触れる美少女。その途端宝石の淡い光が、一瞬だけ強まった。

「微弱な魔力でも反応する仕組み。護符的な物ですね、おそらくは」

 微弱というのは、彼女自身の魔力の事。かつては史上類を見ないと言われた魔力も、今は昔。ただ完全に枯渇した訳でも無いようだ。


 テーブルに食事を並べ、軽く炙った猪肉にかじりつく。見た目はあれだったが、食べれば普通の猪と大差ない。つまりは、美味い。

「私も、少しもらっても良いですか」

「え」

 思わず声を漏らし、席を立つ。

 最近でこそ普通に食事が出来るようになったが、あの日以来スープを口にするのもやっとだった時もある。今でも魚を一切れ食べれば良い方で、正直内心では気にしていたが。

「・・・・・・これ、使ってください」

 テーブルに置かれる、淡いピンクのハンカチ。

 何がと思ったら、彼女は自身の目元に触れた。

 俺はそれに釣られ、自分の目元に触れる。そこに感じるのは一筋の涙で、気付かない内に泣いていたようだ。

「泣くような事でもないとも思うのですが」

「だってお前。ろくに食べる事も出来たかったのに、肉を食べたいって。軽く炙ってくるから・・・・・・」

「そんなに食べませんから、一欠片で結構です」

「そうか」

 ナイフで切り分け、彼女が一口で食べられそうな量を皿の上へ乗せる。

 美少女はそれにフォークを差し入れ、そっと口に運んだ。

「・・・・・・久し振りですけど、こんな味でした」

 すでに満ち足りたという顔。

 思わず目頭にハンカチを添え、口元とを手で覆う。

「もう良いですから。昔は何があっても泣いた事は無かったでしょう」

「逆だ、逆。あの頃は感情が色々麻痺してた。だからこうしてのんびり過ごしていると、つい気が緩む」

「確かに今まで隣で話していた人が、突然まとめて消えて無くなるなんて事は無いですからね」

 物騒な事を言いやがる美少女。 

 とはいえ魔王殲滅戦では、そういった出来事は日常茶飯事。1つ間違えれば、俺達が消えた側だったかも知れない。

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