第18話
大事なもの、と訊かれて真っ先に思い浮かべるべきは、本当はこっちなんじゃないか?
私は家に帰るなり、久しぶりに母と顔を合わせる。
「あら、おかえり」
「ただいま、おかーさん」
いわゆる母子家庭ってやつ。私はお母さんと二人暮らしだ。
父さんはだいぶ前に死んだと聞かされている。遺影が飾ってあるけど、今でもどこかで生きているような気がしている。
「最近、仕事忙しいの?」
「街が一つ増えたとか、物資が滞ってるとかでね。皆バタバタしてるのよ」
私は目を逸らす。母さん、それ私のせいです。
「だからもうしばらくは帰りが遅くなるけど、ごめんね」
「いいよ。お仕事頑張ってね」
「それよりツツキの方こそ学校は上手くいってるの?」
「うん。まぁ……」
夜中に勝手に出歩くような不出来な娘でごめんなさい……
「それならいいわ」
「いいの!?」
「うん。ツツキのこと、信用してるわけじゃないけどね。幼い頃から何か変なこと言ったりするし」
「そ、そうかなぁ……」
「それでも今までやってこれたんだし、大丈夫でしょ。たぶん」
ちょっと放任が過ぎると言いますか、テキトーじゃありませんかお母様。
でもそういうところが好き。
「あのさ、お母さん」
「どうしたの? ツツキ」
「もしお父さんが生きてたら、って考えたことある?」
沈黙。明らかに悪い空気。地雷を踏んだかもしれない。
「そうね……無いこともない、かな」
「居なくて困ったりとかは――――」
「それはない。絶対に」
食い気味の否定。ああ、やっぱりどこかで今も生きてるんだ。
「じゃあ、もし今お父さんに会えるんだとしても……」
「会わなくてもいいわ、別に。ツツキがいるもの」
「そ、そう。ならいいんだけど……」
「どうしたの急に。誰かに何か良からぬことでも吹き込まれたのかしら?」
母は優しく訊いてくるが、笑顔が怖い。
「べ、別にそういうわけじゃないんだけど……何となく気になったって言うか」
「そう。それならいいわ。それともそろそろ話さなくちゃならないときが来たのかもしれないわね」
「それはまだいいや」
出生の秘密を知るタイミングは今ではない。なぜなら、決断が鈍りそうだから。
「じゃあ時が来たらあなたに話すわね」
「そうしてくれると助かります」
どうやら母は私との最期を嫌がっては居ないようだ。
というかむしろ、最期を看取られたがっている?
付き合った男の数は、片手一本に収まる。というか、指一本で済む。
星の数ほど男はあれど、私を恋人にしようなどと考えるのは、よほどの数奇者しかいないらしい。
彼はそんな数奇者の一人だった。
「うっわ」
出会った瞬間、思わずそんな声が出てしまった。
「ツツキちゃん。久しぶり」
この不思議ちゃんオーラを纏うのは、私の元カレ。名はケンシ。
「どうしてよりによってこのタイミングで出会っちゃうかな」
正直、今のタイミングでは出会いたくなかった。
「ツツキちゃん、元気にしてた?」
「ええ。あんたと別れてから、ずっと元気だよ」
ちなみに弁解しておくと、彼とは特に何も無かった。
手を繋いだ事も無いし、それ以上のこともない。
「そっかー。なら良かった」
彼のマイペースさが苦手だった。たぶん私もマイペースだからだろう。
いつ何時もずっと同じ調子で、よく言えばブレない、悪く言えば浮いている。そんなケンシのことを、私はついに理解することが出来なかった。
「あんたこそ、元気にしてた?」
「んー? 俺は別に変わらないよ」
「そっか。あんたはそうだよね」
私は何故だかそのことに安堵する。このマイペースさが苦手だったけど、同時にそこに救われてもいたから。
ケンシと付き合い始めたのは、1年くらい前。
私について良くない噂が出回っていた頃だった。
〝駒鳥ツツキで童貞を捨てると、そのことで一生揶揄われる〟
いくらなんでも憶測が過ぎる。しかも私は誰ともやってない。
いつ誰がこんな噂を作って流したのかはわからない。しかしこの噂によって私が不評被害を受けたのも事実だ。終いにゃ知らない同級生から「試させろ」などとナンパされる始末。お前絶対童貞じゃないだろ。
そこに現れたのがケンシだった。
最初は彼もナンパ目的のろくでなしだと思った。
けれど何やらその辺の男とは違う雰囲気。それに、ナンパしてくるような人間に特有のチャラさがなかった。
そして極めつけは《アウラ》。ケンシの持つ《アウラ》は、色が少し違っていた。
「俺じゃダメかな?」
そう言われて、私たちは付き合うことになったのだ。
今にして思えば、かなり特殊な馴れ初めだったと思う。
けれど、おかげで噂は消え、変な男が寄ってくることもなくなった。
だから悔しいけど、私は彼に一度救われているのだ。
「あんたはさ、私と別れたこと、後悔してる?」
「うーん、どうだろう?」
「そこは嘘でも〝後悔してる〟って言って欲しかったな」
ケンシと付き合っていると、ずっとこんな調子だ。
「俺ずっとこんなだからさ。ツツキちゃんには迷惑掛けたね」
「迷惑だなんて思ってないよ。……でも、正直言うと少し苦手だった」
「だろ?」
あっはっは、と困ったように嗤う。
「あんたが居たおかげで、あの時は助かった」
「いいよ。今更畏まらなくても。ツツキちゃんの助けになれたなら、それで」
まったく、こんなだから調子を狂わされるのだ。
「ケンシって、ずっとそんな調子なわけ?」
「? どういう意味?」
「目の前に猛獣が居ても慌てないって言うかさ」
「うーん……どうだろうな?」
そういうところだ。
「ま、ケンシらしいか」
「そうかな?」
「そうだよ。あんたはあんたのままでいい」
きっと明日世界が終わると告げられても、ケンシはこのままなのだろう。
「今日は会えて良かった」
「そっか。それならよかった」
「肚は決まったか?」
翌日。
待ちかねていた、とばかりに魔神がそんなことを訊ねる。
「おかげさまで。何を切り捨てれば良いのかがわかりました」
「えらく捻くれた答えじゃねえか。心が荒んだか?」
決意表明の言い回しとしては相応しくなかったか?
「私が残したいのは、半径5メートル以内でしかありませんでした」
「大抵のヤツはそうだろう。〝世界〟なんてスケールで物を見てるヤツなんていやしねえ」
〝世界〟などというものは、もしかしたらただの錯覚なのかもしれない。人は自らと関係の無いものにまで、慈しみを持つことが出来ないように。
「で、それらはもう〝修復〟してきたのか?」
首を横に振る。
「いえ。〝修復〟は行いません」
「そいつはどうして?」
「保険は掛けない主義なんで」
もし仮に〝修復〟を行っていたとしたら、それだけで何となく安心してしまいそうで嫌だった。
不安と焦燥。それこそが私を戦いに駆り立てている。安心してしまえば、闘争本能も削がれてしまうというもの。そして闘争本能がないということは、すなわち生き残るための力を持てないと言うことだった。
「じゃあ終わらせるしかねえな」
「元よりそのつもりです」
背水の陣と言うヤツか。まさか人生でこのような状態に陥るとは思わなんだ。
「じゃあそれ、ボクにも協力させてくれないかな?」
聞き覚えのある声。
振り向くと、そこにはかつてのコソ泥が立っていた。
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