第10話


 私も大概、面倒な性格をしている。


 魔神が傷ついて、怪我をすること。そのこと自体は許容できた。何せ彼がやっているのは、戦争なのだから。悲しいけど。


 そのため、連絡がないのは耐えられた。怒ってはいないけど、勝手に傷つけばイイトすら思っていた。彼が気の済むようにすること、それが一番だから。


 けれど、どうやら私は魔神が傷つくのは嫌なようだった。


 だから私は、結局放課後にいつもの場所に行ってしまう。傷ついた魔神が落ちてないか見に行ってやるために。ダメな男に依存しているようで、あまり気が進まなかったけど。


「どうした。オレのことは助けないんじゃないのか?」


 案の定、彼は死にかけていた。


 気丈に振る舞ってこそ居るが、頭からは血を吹き出している。着ている衣服はズタボロで、所々深い傷口が見える。


「そうですよ。だから私は助けません」


 そう言いながら、私は落ちている物を〝修復〟する。


「なんのつもりだ?」


「ただ物を直しているだけですよ? 他意はありません」


「処理落ちさせる気か? 前にあの《プレイヤー》から、爆弾を渡されたこと、忘れたわけじゃねえんだろ?」


 何も言わず、黙々と物を〝修復〟する。


「おい、いい加減に……」


「もしかしたら、処理落ちしちゃうかも知れませんね。それとも、他の《プレイヤー》に奪取されちゃうかも」


「……オレに奪取しろってか?」


「私はただ直しているだけです。好きにすれば良いじゃないですか」


《プレイヤー》は奪取したものを利用し自らの身体を治すことが出来る。


 それは魔神も例外ではない。だからこれまでは私が〝修復〟したものを奪取することで、その回復力を維持していた。


 だが《プレイヤー》に処理落ちの可能性を告げられてから、これまでのように安易な〝修復〟を行えなくなっていた。


 そのため魔神は傷つくことが増えたし、私が直接彼を〝修復〟していたのだった。


「面倒臭いよな、お前も、オレも」


 魔神はそう言いながら、私が〝修復〟したものを奪取していく。


 何とも回りくどいやり方だが、そうでもしないと、彼は直されてくれそうもなかった。


「レベルは十分足りてるんですから、消費して直せば良いのに」


「バカ、お前。そんなことしてたら亀の歩みだぞ? 3歩進んで2歩下がるようなやり方、誰がやりたがるかよ」


「貧乏性なんですね、存外」


 まあ確かに、貧乏学生のような格好はしているが。


「生憎、奪うしか能がないんでね。生産性が低いんだ」


 魔神はそう言いながら、私の〝修復〟した物を奪取する。


「それとも何か企んでます?」


 ピタリ、と彼の手が止まる。


「そうかもな」


「あまり危ないことはしてほしくないんですけどね」


 リソースを消費したくないということはつまりそういうことだろう。


「これからちっとばかしデカいドンパチを仕掛けに行く」


「……死にますよ?」


 実力差がどれくらいあるのかは知れない。


 けれど今の魔神の戦い方では、命を落とす可能性は高そうだ。


「ここで仕掛けなけりゃ、この先さらにキツくなる」


「もしかして、私に気を遣ってたりします?」


 私が処理落ちを気にして十分量の物を〝修復〟できないから。


 それでも自分は問題ないと、魔神は気丈に振る舞おうとしてるのかもしれない。


「バカ。誰がお前になんて気を遣うかよ。これはオレの戦いだ」


「わかりました。信じてませんから、魔神さんのこと」


 彼のことだから、きっと満身創痍で帰ってくるに違いない。


「おう。期待しとけ」


 彼はその場にあったものを全て平らげると、突風のようにその場から消え去ったのだった。


 突風のように。私のスカートをまくり上げて。



 残念ながらこれは私の想像でしかないが、きっと戦いは熾烈を極めたのではないかと思う。


 注目の《プレイヤー》同士の大一番。影を操る魔神と、対するは現在急成長中の若手プレイヤー


 まずは先手魔神。得意の影を操る攻撃で、相手をヘビのように捕縛し、奪取しようとする。じわじわと締め付け相手の体力を削る。


 しかしプレイヤーは魔神よりもレベルが上。少し削られたところで、容易に奪取はされない。


 敵は魔神の捕縛をするりと抜けると、今度は自分から攻めに行く。


 彼は自らの奪取した物を集約し、凝縮した武器を取り出す。


 お互い些細なリソースの減少が命取りになるこの勝負。とち狂ったのか? と魔神は困惑。


 どうせ見せかけだけのハッタリだろうと高を括っていたところ、相手からの強烈な一撃。 ガードを緩めていた魔神は、攻撃をモロに受けてしまう。


 しかしそこは魔神。戦闘経験値が違う。


 油断していたのは相手も同じだった。彼は一撃で勝負が決まったと思ったが、首の皮一枚、魔神は生きながらえていた。


 若手プレイヤーはまだ飲み込み切れていなかったのだ。


《プレイヤー》同士の戦いというのは、奪い合いであるということに。


頭を潰されようが、胴体を真っ二つにされようが、奪取できる限り彼らは立ち上がれる。 若手プレイヤーの戦術は、低レベルのプレイヤーに対しては通用した。奪取できる物のレベルも低く、再生が間に合わないからだ。


 だが、魔神は違う。もはや中堅と言っていい彼に、初心者の戦術は通用しない。


 胴体を二つに斬られた彼だったが、その後すぐに自らを奪取した物で再生する、


 そして影で相手プレイヤーを締め上げると、そのまま奪取し、自らのものにしたのだった。


「と、いうのが私の想像した事の顛末なんですが、いかがでしょうか?」


 今にも胴体がちぎれて落ちてしまうそうな魔神を見ながら、そんなことを訊く。彼はよく言えばボロ雑巾、悪く言えば牛乳を拭いたボロ雑巾のような有様で、息も絶え絶えの満身創痍だった。


「…………」


 何か言おうとしているのはわかったが、呼吸するので精一杯で、言葉にならないと言ったご様子。代わりに目で〝良いから早く直せ〟と訴えてきている。


「しょうがないにゃあ」


 このまま死なれても困るので、私は魔神を〝修復〟する。


 本来ならやらないはずだったけど、今の状況で四の五の言っては居られない。


「……お前、実はオレの後を尾けたりとかしてなかったか?」


「何言ってんですか。そんな悪趣味なこと、するわけないじゃないですか」


 私の想像力も、以外とバカにならないようだ。


「それよりも、私の言ったとおりなら魔神さんはもう初心者からは脱したってことですね? おめでとうございます」


「何がめでたい。おかげでこっちは死にかけた」


「それは色々と信じすぎているからですよ」


 自らのレベル、再生力、私の〝修復〟。彼は多くのものに信を置いている。


「だからそんな無茶な戦い方を許してしまうんです」


「……うるせえよ」


 だが同時に、これは彼の自信の無さの表れなのかもしれない。


 自信が無いから、向こう見ずで危険なやり方をしなければ勝てない。あるいは、自分がどこまでやれるのか試して確かめる必要がある。


 そう思い込んでいるのだ。


「どうです? 私の〝修復〟。自分で(直)したときより気持ちよくないですか?」


「何かいちいち引っかかるんだよな、お前の言い回し……」


 そうだろうか? これでもガードは堅い方だと思っていたけど。


「で、どうなんです? 実際」


「どうって……そりゃあ……まあ……な」


「あ、照れてる」


「違えよ! 自分で直すのよりは楽なだけだ。リソースも消費しねえからな」


 素直じゃないなぁ、もう。


「でも、これからは私に頼らなくても、ある程度は自分で何とかして下さい」


「あン!? 今の協力する流れだったろ?」


「私だけじゃ間に合わなくなってきてるんですよ、回復が」


「……処理落ちか?」


 私は頷く。


〝修復〟自体はこれまで通り問題なく出来る。しかし、その速度が問題だった。


 これまでと同じ速度で、魔神を〝修復〟すると、どこか重たくなったような、妙な感じがするのだ。


 おそらく《到達者》の処理の速さが、遅くなっているのだろう。


「そういうわけです。これからは怪我の程度次第では、〝修復〟できる量に限りをもうけることになりますから」


「厄介な呪いを残して行きやがったもんだぜ、あいつも」


 そうして私たちは、再び協力関係を結び直したのであった。



 ◇



 誰かに自分のするべき事を肩代わりさせるのは気が引けた。


 押しつけるのもそうだけど、それ以上に私の代わりになった誰かがいることで、私の存在が否定されるんじゃないかと思えて、それが嫌だった。


〝別にお前じゃなくても良い〟


 そう言われているようで、怖かった。


 だが逆に、そう言われてもいいものであるならばどうだろう?


 つまりは私じゃなくてもいいもの、あるいは私じゃない方がいいことだとしたら、誰かに押しつけてしまうのもアリなような気がした。


 私は〝私〟を作り出す。


 偽物ではなく、コピーだ。コピーを偽物というのならばそうなのかもしれないけど。


「ふーん。で、それがお前の紛い物ってわけか」


「厳密に言えば、コピーです。偽物とはたぶんちょっと違います。おそらく」


「妙に自信なさげだな……」


 魔神にコピーを紹介する。


 私の模造とは思えないほど、何だかしおらしく頭を下げるコピー。


「それで、なんでこいつを作った?」


「これなら魔神さんの戦いに連れて行けるかと思いまして」


 最近の魔神は、とても辛そうに戦っていた。


 おそらくそれは、私に気を遣ってのことなのだと思う。


 私を庇いながらで、且つ怪我をしすぎないように戦う。両立するのは、傍目に見ても無理だろうと思われた。


 だから私は、戦いに連れて行ける私を作ることにしたのだった。


「こいつも〝修復〟を使えるのか?」


「ええ。そのはずです。私が育てた子ですから」


 私のコピーは、適当なガラス片を拾い上げると、それを〝修復〟してみせる。


「しかし、何だ……これは……」


〝修復〟したガラス玉の《アウラ》は弱かった。


《アウラ》とは、物の真実性を表す指標であると共に、その物が持つ強度や、おそらくは魔術的な力の強さを表すものでもある。


 偽物は不思議と《アウラ》が弱いものなのだが、コピーが〝修復〟したものも、偽物と同じ程度の《アウラ》しか持たなかった。


「おかしいですね……私の子なのに」


「ちょっとヤバい思想に進みつつあるぞ……」


 この出来損ない! と、このままでは罵倒してしまいかねない。


 いかんいかん。それでは毒親まっしぐらではないか。


 ダメな我が子を、それでも愛してやらなければ。


「やっぱり、量産機はいかんという作者の思想が現れてるのでしょうか?」


 やはり女と魚は天然に限るわいわっはっはという初老のおっさんの高笑いが、頭をうっすらとよぎっていく。


「とにかく、今度戦いに行くときはこの子を連れて行って下さい」


「急に雑になったな……こいつなら壊れても良いのかよ?」


「ええ……心苦しいですが、そのために作り出したようなものなので。それに、この子の〝修復〟なら、処理落ちも多少は遅らせられるでしょう」


 奴隷のような扱いだが、こうでもしないと魔神は本気を出して戦えないだろう。


 彼女はただのコピー、いくらでも替えの効く物だと割り切って頂くしかない。


「それとも何かやらしいことでも考えてました?」


「オレは何も言ってない。そうだよなぁ?」


 コピーに同意を求める魔神。困惑するコピー。私のコピーのくせに、ウブな反応をする。「まぁ、魔神さんも男ですから、つい魔が差すと言うこともあるかと思いますが、ほどほどにしておいて下さいね」


「だからオレは何も言ってない」


 はぁ、と溜息一つ。


「それに比べて、こいつは従順そうだ」


「なんですと!?」


 確かに良く見ると可愛い顔をしている。私ってこんなに顔が良かったんだ。


「ところで、こいつはなんて呼べば良い?」


「へ? 別に私と同じで構いませんけど」


「それだとややこしくなりそうだ」


 そうだろうか? それとももしかして、戦いの最中にうっかり私(オリジナル)と混同し重ね合わせて感情移入してしまうことを怖がってる?


「もー魔神さんったら」


「何をくねくねしてやがる。それで、こいつはなんて呼べば良い?」


「そうですね……コピー……コピー子……あっ、ピー子はどうでしょう?」


「……こいつがそれでいいのならな」


 私のコピー改めピー子は、満更でもない顔をしている。くそっ、私より清楚か? 


「それより、ずっと喋らないがこいつは本当に知性があるのか?」


「あるはずですよ。特に細工はしていませんから」


 壊れてるなんて事はないはずだ。何もしてないので。


「ただスワンプマン……でしたっけ? この子は生まれたての泥人形みたいなものなので、記憶とか人格はまだ未成熟なんですよ」


「そんなの、赤ん坊と同じじゃねえか」


「私と同じ程度には発達しているので、そこはご心配なく。次第に私に似てくるはずです」

「お前が二人か……」


 呆れたように肩を落とす魔神。すみませんね、いつも苦労掛けて。


「わかった。精々大事に使わせて貰う」


「その辺はもうちょっと雑で良いですよ。元々、『壊しても良い私』がコンセプトですから」


「お前がそれでいいならな」


「?」


 彼は時々、不思議なことを言う。


 私はピー子の背中を叩くと、激励の言葉を贈る。


「次の魔神さんを担うのはお前だ。しっかりやれよ!」


「部活を引退する先輩かお前は……」

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