第11話
古いものが壊れなくなるのだとしたら、どうなるだろう?
きっと新しいものは必要とされなくなる。皆、慣れ親しんだものを捨ててまで、よくわからない物に飛びつこうとはしないだろうから。
私は、それを嫌がっていた。
新しければ良い、というわけではないけれど、新しいものが生まれなくなってしまうというのが、どうにももどかしさを感じた。
だけど私の〝修復〟は、そうさせてくれない。古いものをずっと使わせ続けさせてしまう。
力を誇示しようと思えなかったのは、そのせいもあるのだろう。
私は、あらゆる物は少しずつでも変化していく方が良いと思っていた。
だけど、あえて古いものを使い続ける人の気持ちも、最近になってようやく分かった気がする。
魔神は、どうやらピー子の事を気に入ったらしかった。
放課後、いつもの場所。
私は魔神から呼び出される。ピー子の修理業者として。
「どうです? この子の抱き心地は」
「直球でとんでもないことを聞くな」
冷めた目で、私は魔神を見つめる。
「そうですか。そういえばここに呼び出されたのも随分久しぶりな気がしますね」
「まだ3日しか経ってないだろうが。さみしがり屋か」
もう一ヶ月くらい経ったと思っていた。月日が経つのは遅い。
私はピー子を〝修復〟する。見た目にはそれ程傷ついて居るように見えないが、何か呪いでも受けたのだろうか?
「大事にされてるんですね、この子は」
「うっかり死なれでもしたら、寝覚めが悪りぃだろうが」
私にはそんなこと言ってくれなかったのに。
この子の方が大事にされているようでなんかムカつく。
「首尾はどうなんですか? この子、ちゃんとヒーラーやれてます?」
「おかげさまでな。《アウラ》が薄い時はどうなるかと思ったが、一応、お前と同等くらいの〝修復〟はできてる」
「ならよかった。親としても鼻が高いです」
ピー子の〝修復〟が完了する。まだ喋れないようだが、私たちの指示を理解はしてくれるようだ。
「どうですか? この子の方が従順なら、もう私要らなくないですか?」
「急に面語臭くなるな」
これが実存的不安という奴だろうか。私は私の立場がグラつき始めていることに、恐ろしさを感じていた。
「私、古いものをずっと使い続ける人の気持ちってよくわからなかったんです」
「何だ藪から棒に」
「でも、ちょっと分かった気がします。新しいものに取って代わられるのが怖かったんです。よくわからない物に自分が代用されてしまうのが」
魔神に縋り付く。
「ねえ、魔神さんは私のこと見捨てないですよね?」
いかん。感情が無闇に昂ぶってしまった。
これじゃ、完全に面倒くさい彼女じゃないか。
「知らねえよ」
しかし魔神はバッサリと、そう言い捨てる。
「うえ!? もしかして私を捨てる気だったんですか?」
「戦いが終われば、どの道だ。最初から情なんて湧かす気はねえよ」
「そうでしたね……」
この戦いにもいつか終わりがある。
魔神の結末がどうなろうと、別れはやってくるのだ。
「利用価値がある内は使ってやるよ。だが、今はまだその時じゃねえ」
「この子が、代わりにはならないと?」
「〝修復〟出来る奴は、多いに越したことはねえだろ?」
そう言って彼は座り込む。
「魔神さんッ……! 怪我してたんだったら、早く報告して下さいよ」
「うるせえ。お前の世話になりたくなかったんだよ」
おそらく、その傷は一度ピー子が〝修復〟したものなのだろう。
彼女がまだ未熟だから、傷口が開いてしまったのだ。そのことを、魔神は悟られたくなかったのだ。
ピー子が劣っていると言っているようだから。
「近頃、魔神さん何かいい人ぶってませんか?」
「あぁぁぁン!?」
次の日もまた、修理業者として私は呼び出される。
『来い、今すぐに』
送られてきたメッセージの文面は、いつもより切実だった。そんなに溜まっているのだろうか?
昼休みだと言うのに、私は学校を抜け出して魔神のところまで向かう。
そして、大怪我をしたピー子を目撃することになる。
「これはまた、随分と乱暴に扱いましたね」
本当に壊れるくらい使うとは。まったくサカリのついたオスはこれだから。
「こいつが勝手に飛び出して行ったんだよ」
「え!? それって敵前に?」
「ああ。何でか知らねえがな」
これはおそらく、未だ彼女が人として不完全なせいだ。
『魔神を守れ』という、私が〝修復〟の際に彼女に設定した基本原則が、誤って作動してしまったに違いない。
自らのすべきことは〝修復〟であるにも関わらず、自らの分をわきまえず、魔神の盾になろうとしてしまった、といったところだろうか。
「魔神さん、何か思わせぶりなことしました? この子の顎をクイって上げるとか」
この年頃の女子だ。イケメンに迫られたら、その気は無くても何か勘違いを起こしてしまうだろう。
「するかよそんなもん。それより、このままじゃこいつは使い物にならねえぞ」
「いえ、そう考えるのはまだ早いですよ」
「力もねえのに、戦いに突っ込んでくるような奴がか?」
「この子はまだ未発達なだけです。ちゃんと学習すれば、きっと役に立つはずです。だからもうちょっと気長に面倒見てあげて下さい」
今回はちょっと間違えちゃっただけなのだろう。
ワンミスで廃棄処分というのは、流石に心が痛む。
「オレはもうちょっとすぐに使えるものに期待していたんだがな」
「ところで、その時の《プレイヤー》は倒せたんですか? つかぬ事をお聞きしますが」
「逃げられたよ。ただ、手負いにはしてやったがな」
「ならまだこの子も捨てたもんじゃないでしょう?」
魔神は目をそらす。
「お前はそんなに〝修復〟を手放したいのか?」
「そ、それは……」
手放すためにピー子を作り出したのはそうだ。
けれど今の状態で、積極的に〝修復〟を手放したいかと言われればノーだ。
「……コイツだけじゃ、正直心許ない」
「魔神さんこそ、コピーなんかで満足しないで下さいよ……」
ピー子を〝修復〟し終える。
邪念が混ざっていないかだけ、軽く心配だった。
「おい、これはどういう了見だ?」
「へ?」
あって早々、何か怒られる私。
子猫のように背中を掴まれ持ち上げられているコピーの私。
何か魔神の勘に障るようなことをしただろうか? それはいつもしているか。
「どうかしたんですか?」
「コイツ、今度はあろうことか敵を〝修復〟しやがった。一体何を考えてやがる」
それは魔神が相手を追い詰めた時のことだったという。
さあ奪取しようか、と影を出した矢先。ピー子が敵に駆け寄り、何と〝修復〟を行ってしまったというのだ。
その後回復した敵は、魔神に恐れ戦き逃走した。
だというのに、ピー子は何食わぬ顔で魔神のところに戻ってきて、彼を〝修復〟したというのだ。
魔神はそのことに、痛くご立腹らしい。
「つい意地悪したくなっちゃったんでしょうね」
「んな小学生のガキじゃあるまいし……それにコイツのしたことは〝つい〟の範疇を超えてんだよ。敵を利するバカがどこに居る」
「ほら、敵に塩を塗り込むってやつですよ。〝修復〟された《プレイヤー》は今頃、徐々に不気味に変形していく自らの身体に恐怖しているはずです」
「そんな悪趣味な拷問みてえなことをする奴なのか、こいつは?」
まぁ、するかしないかでいえばしないだろう。
「真面目な話、それも先日と同じ類いの誤作動でしょう」
「敵を助けるのがか?」
「この子はまだ、〝敵〟や〝味方〟みたいな区別を持っていないのだと思います。だから壊れた物を見るやいなや、何でも〝修復〟しようとしてしまう」
「とんだ欠陥品じゃねえか」
魔神は私にピー子を投げて寄越す。
「おかげで獲物を取り逃がした。ちゃんと躾けとけ」
「ありゃ、返品ですか」
「どの道今のままじゃ、戦いには連れてけねえ。どんなリスクを抱えてるのかわかったもんじゃねえからな」
彼の言うことは最もだった。
ピー子をこのまま連れて行けば、何をしでかすのか分からない。
かといって、魔神に預かって貰えないとなると、私でどうにかするしかない。
とはいえ、このまま処分するのは可哀想だ。彼女は作られた命。ゴーレムのようなものであるとは言え、そう簡単に切り捨てられるほど私は鬼ではない。
じゃあ放っておけば勝手に土に還るのかというとそうでもなく。最低限、誰かが面倒を見なければならない。
と言っても、ウチで面倒を見れるだけの余裕はない。残念ながらウチはペット禁止なのだ。生き別れた双子の妹も禁止されているに違いない。
そうなるとやはり魔神に預かって貰うほかない。
「この子を本当に私に預けて良いんですか?」
魔神の方を見て、問いかける。
「オレじゃ手に負えねえ」
「私じゃ何をしでかすのか分かりませんよ……フフ……」
唾を嚥下する魔神。
「ほらほら、こんなことだってしちゃいますよ」
私はピー子の服の下に手を滑り込ませ、彼女の胸をまさぐる。魔神が仕方なさそうに溜息をつく。
「わかったからその手を離せ」
「ようやくご理解頂けたようですね」
私はピー子から手を離す。
「お前自分が創造主だからって、何でもして良いと思ってるのか?」
まるでラスボスの神に挑む主人公のようなことを魔神は口にする。
「そうです。何故なら私は神だから」
「なら今すぐ悔い改めろ」
ピー子をこっちに寄越せ、と魔神は手招きする。
「敵を〝修復〟しないようにすることくらいは、オレの方で教えてやる」
「この子も魔神さんに調教されるのなら本望でしょう」
私は魔神にピー子を投げ返す。
何か汚らわしいものでも見るかのような目つきで、彼はピー子を受け取る。
「本来なら、私の方で教えてあげられれば良いんですが。如何せん、家が貧乏で……」
「貧乏人が手のかかるペットを飼おうとするんじゃねえ。とにかくだ。しばらくはオレが面倒を見ておいてやるよ」
そう言うと彼は再びピー子を担ぎ上げ、去って行ったのであった。
後ろ姿が完全に人さらいのそれでさえなければ、素直に格好いいのにな
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