第9話
何となく。
魔神は死ぬことがないのだと、信じ切っていたフシがあった。彼はいつも超然としていて、強そうに見えたからかもしれない。
それと。奴に限って、私に心配を掛けまいとやせ我慢をすることなどないと思っていたから。
だって魔神だよ?
そんな女の前で格好付けるようなクチだろうか? みっともないところは見られたくないと思ってはいるかもしれない。弱みになるから。
けど、良く見られるためにやせ我慢なんか絶対しないだろう。それをやるくらいだったら、どこか人目のつかない路地裏にでも行って、人知れずひっそりと死ぬ方を選ぶだろう。 よく言えば誇り高く。
悪く言えば傲慢。
そんな野良猫のような人なのだと、私は魔神を誤解していた。
「おう、ちょっと直してくれよ」
なんて、血まみれの状態で私のところに駆け込んでくるまでは。
「おめーは私が医学部卒のお医者様にでも見えてんのかよ」
こちとら一介の女子高生だコラ。
【掠奪】の《プレイヤー》との一件から、数日が経っていた。大体10日くらい?
戦いはまだ終わらない。いつ終わるとも知れない。
先の見えない戦いだけど、勝つためには戦わなければならない。何もせずジッとしていたら、生き残ることが出来ても、最終的にバフのかかりまくったラスボスを相手にすることになってしまう。
そんな絶望感を味わうよりは、少しずつでも何かしていた方が、気持ちも落ち着くらしい。
魔神は、戦いに明け暮れていた。
私はと言うと、そんな魔神のレベリング担当兼治療士として、出奔させられているのだった。
「こうして死にかけているのが見えねえのかよ?」
「死にかけてる人はそんなこと言いませんよ」
もっとそれらしく振る舞ってほしい。
「は。じゃあここに横になってください」
私は膝を叩く。魔神が渋い顔をする。
「なんですか? その顔は」
「やっぱり今度でいいわ」
「死にかけてるのは今なんですよね?」
華のJKの膝が気に入らないだと? 魔神もわがままになったものだ。
「……手間掛けさせるのも悪いかと思ってナ」
「いつもさんざん自分勝手な理由で呼びつけてるじゃないですか」
そのツケをなかったことにはさせないぞ。
「どうしてそんなに嫌がるんですか?」
「お前の世話になりたくねえんだよ。色んな意味でな」
何やら含みのある言い方。
「私の〝修復〟を受けるのが怖いんですか~? 魔神さんも、随分と臆病になりましたね」
「そういうとこだよ」
あ、なるほど。自分でもなんか分かった気がする。
「いいから〝修復〟させて下さい。魔神さんがボロボロなのに、放っておくのは忍びないですから」
「結局はお前のためかよ。なら受けてやる」
豪放な振る舞いをする割に、以外と面倒くさいのだ、彼は。
「ほら、とっとと直せ」
魔神が膝の上に頭をのせる。
こうして無防備な彼を見るのは初めてだ。魔神は信頼しきったように目を閉じ、私に体を預けている。
そこで私はふとあることを思いつく。
今の彼ならば、きっと怒らないはずだ。
私は瞼を閉じ、そっと彼に顔を寄せる。こんなことをするのは初めてだから、緊張する。
高鳴る鼓動。私はそのまま顔を寄せると――――
額を彼の頭にくっつけた。
流れ込むイメージ。〝修復〟とは、元の状態に戻すこと。しかし、魔神のように様々な物を奪取し、取り込んだ人間は、その原型が不安定な物になる。
つまり肉体を構成する物質を、奪取した物に変えることが出来るのだ。
ならば〝修復〟も奪取した物で行うことが出来るはずだ。
私が思い描くイメージを、額越しに魔神に伝える。
そうして彼を、イメージに合わせて〝修復〟する。
そして――魔神はある一つの形を作り出す。
あの巨大ロボ立像の形へと。
「終わりましたよ、魔神さん」
魔神から額を離す。
「おう。何ということをしてくれたんだ」
魔神の姿はあの巨大ロボ像数十分の1スケールそのものだった。
「ちょっと何か喋ってみて下さいよ魔神さん」
「…………」
無言で立ち尽くす魔神。表情こそ変わらないが、苛立っているのは何となく分かる。私は笑いを堪えきれなくなって吹き出す。
「……元に戻せ」
エコーがかった、合成音声のような声。私はとうとう笑いを堪えきれなくなる。
「わ、わかりました……ブファッ……も、元に戻します……」
半笑いのまま、私は彼を元の人間の姿に戻す。
「個性的で面白い格好だったのに」
「別に面白さは求めてない。それにあの格好で戦えってか?」
「だってそっちの方が、かっこいいじゃないですか」
「あン?」
あ、やべ。地雷を踏んだかもしれない。
「ほ、ほら……アレはアレで、ロボットが戦ってるみたいでかっこいいかなー、と」
「そうやって取り繕うあたり、認めてるようなもんじゃねーかよ。ま、別に格好良さ何て求めちゃいないがな」
あらら。拗ねてしまった。
「それにしたって、魔神さんは近頃怪我をしすぎです」
「敵さんも、いよいよ本腰を入れてきたって事だろ。命を落とさないだけマシだ」
これまではせいぜいが前哨戦、あるいは小手調べに過ぎなかったということなのだろう。
戦いが始まってからは、今までのようには行かないのがあたりまえなのだ。
それはわかっている。
「でも、魔神さん少し慢心してませんか?」
「あ? どういう意味だよ」
「だから、私が〝修復〟するからって、少しばかり油断して無いかって言ってるんですよ」
魔神が眉を顰める。
「もしかして実力が足りてないんじゃないですか?」
露骨に挑発する。無論、わざとだ。
「あんだと? てめぇ、オレが弱えぇって言ってんのか?」
「だからそう言ってるんですよ。こんな私に頼っているようじゃ、強いとは言えませんよ」
そんなことはない、と内心で否定する。
彼の実力は、それなりに高い。これまでも、私を守りながら戦えていたりはしたのだから。
けれど私は、それでも彼の今の戦い方は否定しなければならなかった。
このまま行くと、私のせいで魔神は命を落としかねいから。
「わかったよ、じゃあしばらくお前に連絡は寄越さねえ」
「でももし……本当に死にかけたら呼んで下さい。絶対ですよ」
こう言われると素直に頼れなくなるのが、魔神という人であるというのはわかっていた。
彼は、負けず嫌いだったから。
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