第8話


 こういったものは、脛に傷のある人の方が罹りやすいと思っていた。


 それとも、もしかすると私が知らないだけで、彼なりに後ろ暗い過去を抱えているのかもしれないけれど。


 過去の幻影。早い話が、そういう類いの物だろう。再びあの廃墟に乗り込んだ私たちに待ち受けていたのは、過去だった。


「どうしてお前がここにいるッ……!」


 もっとも、幻影とは物の例えだ。実際にあったのは、あのホムンクルス。〝修復〟され損ないの人間たちだった。


 彼らは私たちが建物に入るなり、裸のままわらわらと押し寄せてきた。


 方針的に、魔神はそれをバッサバッサとなぎ倒しながら、奥にいる《プレイヤー》目指して猪突猛進に行くのかと思っていた。はずなんだけど。


 魔神はホムンクルス軍団を見た直後、何故かその場で立ち止まってしまった。


「魔神さん?」


 どうやら何か嫌な記憶を再生されているようだ。ここはいっそひっぱたいてでも、元に戻すべきなのかもしれない。けれど、そんな空気ではなかった。


「倉沢、またお前に会えて嬉しいぜオレは」


 途端。魔神は一直線にそのホムンクルスに向かって飛びかかる。


 その人は、女性だった。つまり彼の過去の女ということだろうか? こんな場所で女に執着するなんて、彼らしくない。否、そうであってはならない。


 そのまま押し倒してしまわんばかりの勢いで、魔神は突進する。


 そして、女に馬乗りになると、


「お前はオレが戴く」


 と、にべもなくそう宣言したのであった。


 それからの魔神は、それはもう酷い有様だった。


 彼は女の首筋に噛みつくと、食いちぎらんばかりに歯を動かす。さながら狂犬のように。


 しかし女の表情は変わらない。昔の男になら体を許しても良いということだろうか。それとも不完全な〝修復〟のために、記憶が戻っていないか。


 私は顔をしかめる。前者はまだしも、後者なら記憶のない女性を魔神が襲っていることになるから。どちらにしても、こんなところでサカってんじゃねえよ魔神。


 それから彼は影を呼び出し、ゆっくりと味わうかのように、その影で女を〝奪取〟していく。


 女はそれでも、眉一つ動かさない。何も感じていないのか、それとも既に諦めているのか。


 その様子を見ていた他のホムンクルスたちは、本来魔神を取り押さえねばならないはずだろうに、本能的に恐怖し、硬直してしまっている。


 そうして魔神は女を奪取し終えると、満足したように立ち上がった。


「解釈違いです。魔神さんはそんなことしません」


「あ?」


 冗談すら通じない。こりゃ諭すのは無理そうだ。


 魔神はそれから他のホムンクルスたちも次々と奪取する。けれど変わらず目は血走

っているし、いつもの乱暴なようで理性的な感じは欠片も無い。


 私は彼の後を着いていくことしか出来なかった。時折、崩れそうな天井や床があれば、それを〝修復〟し、進路を妨害させないようにした。


私たちはそうして、一番奥の部屋の扉の前に着く。


「あの……魔神さん、ちょっといいですか?」


 ここに来るまでの間、私たちの間に会話はなかった。だからこれが、ここに来て初めてのちゃんとした会話になる。


「あン? 何だよ」


「さっきの女の人って、一体誰なんですか?」


 地雷を踏みそう。だけどあえて私は訊ねる。この扉の先に、先ほどの女性が大量に待ち構えていないとも限らないから。


「さっき見たことは忘れろ。お前には関係ねえ」


「だけど魔神さん、随分怒ってるみたいだった」


 それと嬉しそうだった。


「昔の女だ。今となってはどうでも良い」


「恋人……ですか?」


 魔神の眉根が僅かに揺れる。


「そんなんじゃねえ」


「私なら〝修復〟できますけど?」


 瞬間。彼は私の胸ぐらを掴み、私を壁に押しつけた。


「……正直こうなることは予想してました」


「ならどうして口に出した?」


「もし魔神さんが本当に望むなら、それもアリかなって……ちょっとだけ思ったんです」


 完全に悪魔の誘惑だが、もし彼がどうしようもなく辛いのであれば、それも悪くないと思ったのは事実だ。


 私の〝修復〟が、生命に対しても有効なのは知っていた。


 けれどそれを試さなかったのは、極めて何か生命に対する冒涜を感じるから……というだけではない。


 誰かの価値を否定してしまうようで、躊躇いがあったのだ。


 かけがえのない一つの命、なんて綺麗事を言うつもりはない。そうした倫理をはみ出さなければ、成し遂げられないことだってあるだろう。


 だけどその人にはその人の一回性があり、それが取り返しのつかないものだからこそ、その人にとっては意味がある、ということもある。


 私はそれを否定したくなかったのだ。


「魔神さんが怒るのも分かります。だけど、どうしようもなく辛くなったら、その時は私が……」


「……ガキに気を遣われるなんざ、オレも焼きが回ったもんだ」


 魔神は私から手を離す。


「オレのことは気にするな。お前はお前のやるべきことをやれ」


「わかりました。なら魔神さんを心配しません」


 それからドアを開ける。立て付けの悪そうな、乾いた音。


「やぁ。ノコノコ戻ってくるなんて、勇気があるね。歓迎するよ」


 コソ泥が、その格好に似つかわしくない高そうな椅子に座って出迎える。


「〝これまた随分な歓迎だな〟って言わせたかったんじゃないの? 本当は」


 スイートルームは閑散としていた。培養カプセルの中に人はおらず、水だけが入った水槽のように気泡の音だけが部屋に響いていた。


「そうだね。それくらいのサプライズがあった方が、君たちも喜んでくれたかな?」


「出迎えに人をやり過ぎだ。あれだけ手厚い歓待は、受けたことがねえ」


「君は喜んでくれたみたいだね。どうだい? 久しぶりに恋人に会えた感想は?」


 露骨な挑発。魔神はしかし、苛立った様子を見せない。


「ああ。おかげさまで堪能できたぜ」


 フカシをこいてるだけと知りつつ、私は若干引く。


「それで、ここへは何をしに来たのかな? どうやら荒事の臭いがするけど」


「取引をする気はあるか?」


「ちょっと魔神さん!?」


 いきなり何を口走るかと思えば、取引?


 ここに来て急に怖じ気づいたのだろうか? それとも、あの女の人を実は量産してもらいたがっているとか?


「それで、何を取引したいんだい?」


「お前がこいつから奪ったものを返せ」


 魔神は親指で私を指す。


「その代わり、君は何をくれるんだい?」


「そうだな……お前の軍門に下るっていうのはどうだ?」


 ちょっとちょっと! 話がおかしな方に転がり出したぞ。


「ほう。それは悪くないね」


「だろ?」


 いや待て。ここで魔神が《プレイヤー》に下ったら、もし私に能力が返還されても、その後すぐ魔神に奪われてしまうんじゃないか?


 どうやら魔神もそれを見越してこの交渉を持ちかけているような感じがする。


 これは困ったぞ。


「でも残念。交渉は決裂だ」


「何故だ? 悪くねえ条件だと思うがな」


「そりゃあ、君もその子も、ボクがまとめて戴くからさ!」


「だと思ったぜ!」


 コソ泥の《プレイヤー》は、サンタがプレゼントを入れるような袋から、手榴弾を取り出した。


 マズい。私たちは爆弾が床に落ちる前に、部屋から逃げ出す。


 通常であれば、手榴弾の一発程度なら魔神が防げばどうとでもなる。


 だがここは不完全な〝修復〟を施された、言わばハリボテの城。そんな場所で、爆発なんか起きたら、どうなるのかは火を見るよりも明らかだ。


「追いかけます?」


「どうせ逃げられる」


 あの《プレイヤー》の逃げ足の速さは、少し前に見た通りだ。


 深追いするのはみすみす罠にハマりに行くようなものだろう。


「じゃあ見逃すんですか?」


「ああ。お前一人で追っても良いぜ?」


「お断りします」


 建物全体が揺れる。《プレイヤー》が何か仕掛けを作動させたらしい。


「ほら来た。危うく瓦礫の下敷きだ」


 魔神は私の手を取って、出口へと走り出す。そこはお姫様抱っことかじゃないんだ。ふーん。


 そうして私たちは、命からがら崩れ落ちる砂の城から脱出したのだった。


「まだあの場に残ってる人たち、いたのかな?」


「さあな。だが、あいつに使われるよかマシだろ?」


「そうなのかもしれませんね」


 私が〝修復〟を奪われていなければ、あの人たちも生まれ得ずに済んだのかと思うと、罪悪感が押し寄せてくる。


「それより、さっきのアレは何ですか? あいつの下に就くとか」


「あいつが本当にお前に〝修復〟を返す気があるなら、選択肢ではあったんだが」


「でも、そうしたら今度は魔神さんが私を奪取してましたよね?」


「……そうかもな」


 彼は曖昧に濁すが、割と良い線行ってるんじゃないだろうか?


 あの女の人を見たとき、魔神はふと思い至ったのかもしれない。


 自分が〝修復〟を使えば、私の手を煩わすことなく、あの人を元に戻すことが出来ると。


 だから本当に、ほんの一瞬だけ、〝修復〟を手に入れる機会があれば実行した可能性があったのではないか。いわゆる魔が差したというヤツだ。


 あるいは……とそこまで考えて思考を打ち切る。


 これ以上はきっと、考えても詮無いことだろうから。


「さて、それよりもこれからどうするかです。……本当にどうしよう」


「あいつの居場所は分かるんだろ? だったら、追いかければ良いじゃねえか。地の果てまでも」


「魔神さんは付いてきてくれます? 地平線の向こうまで」


「それは御免だな」


 あれ? ハシゴを外されてしまった。


「お前が完全に奪われるまで、まだ時間がある。それまで相手の出方を窺えば良い」


「魔神さん、何か下心ありません?」


 またあの女の人に会えるかもしれない。


 男の人というのは、過去の恋愛をいつまでも引きずるものだという。


 だから彼も探しているのかもしれない。どこかにあの人の姿を。




 どうせしばらく戻れないのなら、いっそのこと透明人間ライフを満喫しよう。


 そう思って男湯にでも行ってみようかと考えていた矢先。


 先方から連絡があった。どうやら私と二人きりで会って話したらしい。


 私は《プレイヤー》の指定した場所へと向かう。そこは、学校の屋上。普段は入れないから、なんか特別な感じのする場所だった。


「あの、もしかして学校の生徒なんですか?」


 表れたのはいつものコソ泥ルック。だが今回は学校の制服を着ている。


「そうとも言えるし、そうでないとも言える。君と同じかな」


「もしかしてハブられたりとかしてます? 相談に乗るよ?」


「……面白いな、君は」


 おもしれー女とはよく言われる。残念ながら絡んでくるのは残念なイケメンだけだが。


「それで今回は、私と取引したいんですよね?」


「話が早いな。彼から何か吹き込まれたのかい?」


「そうでないことは、あなたが一番よく知っているはずでしょう」


 この《プレイヤー》は、魔神を介さず私の携帯に直接メッセージを送ってきたのだった。


「そうだったね。けれど、相談くらいはしてくると思っていたよ」


「そうしても良かったんですけどね」


 生憎、先ほどまでの私は男湯に行くかどうかで頭がいっぱいで、魔神さんについて考えている余裕はなかった。


「ちなみに、後ろに魔神さんを控えさせておいたらどうします?」


「君を人質に取る……のは、効果が薄そうだ。そうだなぁ、いっそのことここで君を奪ってしまっても良いかもしれない」


「でもそれをしないのは、何か理由があるんですよね?」


「ご明察。それが出来たら苦労しないってヤツだね」


「それは〝修復〟に関係したことですか?」


 現状、考えられる取引材料と言ったらこれくらいだ。もしかすると私に思わぬ価値が付いているのかもしれないが、自分じゃ価値は分からない。


「まぁ、それくらいしかないもんね。察しも付くか」


「あまりはっきり言わないでください。傷つきます」


 お前には〝修復〟しか価値がないんだぞ、なんてはっきりと口に出さないで頂きたい。


「それで、私を奪えないということは、私を完全に奪ったら〝修復〟の力が消えて無

くなりでもするんですか?」


「ちょっと察しが良すぎて怖いね、君……」


 正解らしい。


「そういうわけだ。だから今回は、それについて君と取引したい」


「単刀直入にお願いします。複雑な話はわからないので」


「ボクに協力しないか?」


 え? と一瞬の間。


「それは……魔神さんを裏切れと?」


「そうとも言えるし、そうでないとも言える」


「はぐらかさないでください」


「別に、彼を裏切る必要はないよ。ただボクにも協力してほしい。そういうことさ」

 しかしそれは、結果的に裏切るか、どちらかに与するのと同じ事なのではないか?


「この戦いの勝者は一人なんですよね? それだったら、最終的にどちらかを裏切らなければならなくなりませんか?」


「そうなるかな」


「じゃあ、魔神さんを裏切るのと同じじゃないですか」


「…………」


 だんまり。私の事を少々見くびっていたようだ。


「ボクに協力してくれるのであれば、〝修復」は君に返す。それでも、彼を裏切ることは出来ないと言うのかい?」


「そうですね。魔神さんを裏切ってまで、取り戻したい力ではありませんから」


 どの道、このまま私が奪取されれば、〝修復〟はそのまま失われる。裏切るくらいであれば、それでも構わない。


「ちなみに、ボクに協力してくれれば君に道を指し示してあげられると言ったら?」


「なにそれ? 宗教?」


 唐突に怪しげなことを言い出すな。この人。


「ボクならあの男よりも、正しい道を君に提示してあげられる。〝修復〟の力を持て余しているんだろう?」


「まぁ……そうですけど」


 この力を有効に使える人がいるならば、その人に譲ってしまった方が良いのではないか?


 そう考えたことはあったが、こうして面と向かってそれを言われても……こう……いまいち信用できないというか。


「うーん……やっぱりやめときます」


「どうして?」


「それは私が決めることだからです」


 自分の判断を信じ切れるほど自信は無いけれど。それでも、単に楽だからと言うだけで誰かに乗っかってしまうのは、それはそれで無責任な気がしてしまうのだ。


「そうか。わかった」


「何なら今ここで、私のこと奪っていきます? チャンスですよ」


 バカ正直に一人で来てしまっているからね。


「いや。やめておくよ。まだ〝修復〟を使ってやりたこともあるしね」


「それなら安心です。魔神さんが復讐に走らずに済みますから」


 きっと魔神のことだから、私が奪われたら、怒りに駆られて復讐とか始めちゃうに違いない。


「それと、君はボクのことを誤解している」


「え? 私何か変なこと言いました?」


「ボクはこれでも女だ」


 そういえば、彼が来ているのは女子の制服だった。




 彼女はどちらかと言えば、思想が強いタイプのようだった。


 だから(見た目に反して)その辺の小悪党のような、些細な悪事に〝修復〟は使うまいと、どこかであの《プレイヤー》の事を信用してしまっていたのだと思う。


 それが間違いだったと気付いたのは、あの面会から一週間が経ってからのことだった。


 そろそろ私は、彼女から自分を取り返さなければならないと思っていた。


 そうでなければ、いよいよ出席日数が足りなくなりそうだったから。


 そのため、自らの肉体をコンパスとしてあの《プレイヤー》を探していたところ、私は奇妙な噂を耳にした。


――最近〝もう一人の自分〟を見たって人、多いらしいよ


 どうやらあの廃墟にいたホムンクルスのようなものを、彼女が量産し街に流しているらしい。


 それがどうやら、都市伝説として広まっているようだった。


――〝もう一人の自分〟に会っちゃうと、自分は消されちゃうんだって


 キャーこわーい。この噂を流しているのが偽物だっていうのが一番こわーい。


 おそらくあの偽物は、自分が偽物だということにすら気がついていないのだろう。


 記憶さえあれば、人は自分の製造年月日など気にせずに〝その人〟であると思い込む事ができるのだ。


 話を戻す。


 このように、あの《プレイヤー》が、古いものや壊れた物を〝修復〟したり、新しいものを上書きしようとしていることは明白だった。


 それをして、一体なにをしでかそうとしているのかはわからない。


 ある日突然不完全な〝修復〟を施された人の肉体が溶けて、皆を驚かすというドッキリでも仕込んでいるのかもしれない。


 だけど彼女は、おそらくエンターテイナーではない。


 だからきっと違うのだろう。


 なので私は、あの《プレイヤー》がしでかそうとしていることについて、有識者の意見を仰ぐことにした。


「そこんとこどうなんですか? 《プレイヤー》アナリストの魔神さん」


「オレはお前がこの状況で泰然自若としていられることが怖いよ」


「失礼な。これでも人並みに曇ってはいるんですからね!」


 こんなにも私は〝修復〟が悪用されていることに心を痛めているというのに。


「彼女は一体何を考えているんでしょうか?」


「そんなの決まってんだろ?」


「そんなに当たり前のことなんですか?」


「処理落ちだよ」


 ? 彼がボケるなんて珍しいな。


「魔神さん、そういうボケはいいですよ?」


「処理落ちっていうのは、《到達者》の処理を超えるほどの負荷を掛けて、世界をオーバーフローさせることだ」


 スルーされた。


「世界をバグらせようとでもいうんですか? そんな仮想現実やファンタジーの世界じゃあないんですから」


「処理落ちは〝修復〟によって、壊れたはずの物を復元すると起こせる」


「ええ!? じゃあ私はこの世界の特異点だったってことですか!?」


「今まで自覚がなかったのが逆に感心するな……」


 そりゃありましたよ自覚。自分が高濃度放射性廃棄物であると同じくらいには思ってた。


「世界をバグらせたら何が起きるんですか?」


「端的に言えば崩壊だ。この世界は滅亡する」


 そんな陰謀論者のこじつけみたいな。


「素っ頓狂な話になってきましたね」


「トンチキなのはお互い様だ。だが、残念ながら相手は大真面目みたいだぞ?」


 嘲弄するように言い放つ魔神。彼なりに馬鹿馬鹿しい話だとも思っているらしい。


「今時革命なんて流行りませんよ」


「それか、〝こっちは爆弾を抱えてるぞ〟という脅しをかけにきているか」


「なるほど。税金と同じ仕組みを作ろうってんですね」


 つまりは〝世界を維持してやるから価値のある物を差し出せ〟と、言って生贄を納めさせるシステムを作る気でいるのだ。


 それはそれは。理に敵ってはいる。


「どちらにせよ、放置しておくわけにゃいかんな」


「〝修復〟にそんな使い途があったなんて……もっと早く気付いていれば良かった」


 そうなれば私も不労所得で楽が出来たというのに。もったいない。


「心にも無いことはいわない方が良い」


「今までの私が、思ったことを全部口に出していたとでも思ってたんですか?」


「そうじゃないのか?」


「……イエス」


 私がまるでバカみたいじゃないか。間違ってないけど。


「じゃあこれからどうします? 処す?」


「他に〝修復〟の主導権が渡ってもいいんなら、先延ばしにしてもいいぞ?」


 そうか。私たちの間に、他の《プレイヤー》にハントされてしまう可能性もあるのか。


 それは困る。


「ハッハッハ、こいつはとんだココナッツゲームだぜ」


「《プレイヤー》が〝修復〟を手にすれば、十中八九悪事を働くからな」


「ということは魔神さんも悪いことをしてるってことですね?」


「オレが今まで善の側にいたことがあったか?」


 あるだろうか。いやない。


「すみませんでした。私、てっきり魔神さんが善人か正義の味方だと思ってました」


「……わかればいいんだよ」


魔神はそう不服そうに言って、軽く舌打ちをしたのだった。




 まずは一言、謝罪します。


 大作アクション映画もかくやの大捕物を期待されていた方、この度は本当に申し訳ございませんでした。


 カーチェイスを行うまでもなく、あの《プレイヤー》はあっさりと捕まりました。


 理由は私たちが強くなりすぎたから。


 もとい相手があっさりと引き下がったから。


 私たちは生体コンパスを頼りに、敵の居るところへと向かった。


 その場所は何と、《到達者》の麓。


《到達者》はもちろん、〝選ばれた〟人間以外触れることが出来ない。そんなことをすれば、たちまちに収奪されてしまうから。


 それで《到達者》の股下、麓っていうのは、有事の際以外誰も寄りつかない聖域と化している。


 そんな場所にあの《プレイヤー》は陣取っていたのである。


「これ、うっかり近付いたらエナジーがドレインされたりしませんかね?」


「そうなりゃオレが吐き出させてやるよ」


 何とも頼もしいお言葉。その節は是非お世話になりたいものだ。


 そんな茶番を繰り広げながら、私たちは《プレイヤー》の居る場所へと着く。


「やぁやぁやぁ。こんなとこまでご足労かけたね」


 なんてまるで往年の知り合いのように気さくに話しかけてきたが、私たちはあくまで敵同士。


 よーしこれからドンパチをおっぱじめるぞーなんて意気込んでいたところ。


 敵さんは、


「あ、この戦いは一旦ボクの負けということにしておくよ」


 なんて、ほざきやがったのだ。


「それは、信用しても良い言葉なの?」


「ああ。嘘はつきたくないからね」


「じゃあ、そのマスクを取って」


 隠されていた素顔が明かされるのって、なんか興奮する。


《プレイヤー》は顔を覆っていたコソ泥覆面を取る。


 そうして現れたのは、長い黒髪の美少女だった。


「ねぇ魔神さん。勝ったんですし、戦利品として貰っちゃいません?」


「何を興奮してやがる」


「あのマスク」


「…………好きにしろ」


 私は今しがた地面に捨てられた覆面を拾いに行きたかったが、時代(くうき)がそれを許さなかった。


 私はそうして、先の時代の敗北者となったのだった。


「〝修復〟と奪った分の存在は君に返すよ」


「それはもう用済みだからか?」


《プレイヤー》は頷く。


「ボクの目的は果たせたしね。こんな物、持っていても仕方がない」


 まるでタバコの吸い殻でも捨てるみたいに、彼女は何か丸い球体をこちらに投げる。


「もしかして、これが……私!?」


 この何か極限まで圧縮されたデーモンコアみたいなのが、奪われた〝私〟だとでも言うのだろうか?


「それを飲み込めば、君は戻れる」


「ちょっと待って、毒とか入れてないよね?」


 私は毒気に塗れてるけど、毒を服用はしたくない。


「大丈夫だ。邪悪なモンが入ってたら、そいつは黒く濁る」


「じゃあ今は何も入っていないってことですね。私には眩しすぎる」


 球体は白く光っている。この光は目に毒だ。


「しかし待って下さい。これ毒じゃないんですよね?」


「疑り深いね、君」


「だったら代わりに何かトラップとか仕込んでたりしませんか?」


「勘の良い奴は嫌いだよ」


 私は落胆する。


 美少女に嫌われてしまった……


「どうして気がついたんだい?」


「だってこれ、人が飲み込める大きさじゃないですもん」


 水晶玉くらいの大きさのものを、人は嚥下することができない。


「……それは飲み込むときにサイズが勝手に変わるから大丈夫」


「あ、そこは大丈夫なんだ」


 よかった。ペリカンのようにならずには済んだようだ。


「君の推測はそれだけかい?」


「よくお気づきですね。実はまだあるんですよ」


「妙にもったい付けるじゃないか。それ程自信があるのかい?」


「あなたこれ、私に〝修復〟した人たちを押しつけようとしてますね?」


 沈黙。図星のようだ。


「君の察しの良さを、少し甘く見過ぎていたようだ」


「人の悪意にはよく気がつきますから」


 そこには自信があったのだ。私がよく悪意を抱くから。


「そうさ。君にはこれからボクが〝修復〟した人間を抱えて貰う」


「私がちょっとでもミスったら、その人たちは文字通りおシャカになっちゃうと言うことですね?」


「ふふ。君に抱えられると良いけど」


「大丈夫。うっかりミスはよくしますから」


 本当にいいのかな? 私にこんな物を預けて。


「そういうわけだ。精々頑張りたまえ」


 そう言い残し、《プレイヤー》は姿を消した。


 そういえばまだ名前すら聞いていなかった。


「さて、〝修復〟に色を付けて返されたわけだが、お前はどうする?」


「持て余しますよ、こんなもの」


〝修復〟の力を、また捨てることが出来なかった。

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