第10話年の差って、そんなに変かな?

「やっぱり、年の差って、大きいですか?」


その質問は、不意に投げかけられた。

週明けの朝。いつものように駅へ向かう途中、並んで歩く咲が、何気ない調子でそう言った。


「……急にどうした」


「昨日、家でテレビ見てて。芸能人カップルの話で、“10歳差はありえない”ってコメンテーターが言ってて」


咲は足元のアスファルトを見つめながら、小さく笑った。


「そのとき、ちょっと気になっちゃって。……相川さんも、そう思うのかなって」


「……俺は別に、他人のことに“ありえない”なんて言えないよ」


「でも、自分のことだったら?」


「自分のこと……」


その言葉に、思わず言葉が詰まる。


咲といる時間は、もはや“特別”だった。

それは認めざるを得ない。けれど、どこかでまだ「それを恋と呼んでいいのか」自分自身に確信が持てなかった。


歳の差。

社会人と高校生。

現実的な壁。

そして、世間の目。


そのすべてが、彼の言葉を遠ざけていた。


「……正直なこと言っていいか?」


「はい」


「たまに、自分がとんでもないことしてる気がする。……本当は、こんなふうに毎朝一緒に歩くことだって、どうかしてるんじゃないかって思うときがある」


咲は黙って、彼の横顔を見ていた。


「でも、止められなかった。自分でも驚いてる。……どうして、なんだろうな」


「それはきっと、“心が動いた”から、じゃないですか?」


咲の答えは、静かで、でも迷いがなかった。


「好きになっちゃいけない相手なんて、本当は誰にも決められないんじゃないかなって、私は思ってます」


「……」


「でも、相川さんが“やめたほうがいい”って言うなら、ちゃんと聞きます。ちゃんと引き下がります」


そう言った咲の目は、強くて、まっすぐだった。


冗談まじりではない、本当の“覚悟”がそこにはあった。


相川はしばらく何も言わずに歩いた。


神社の脇道を過ぎ、信号の前で止まる。


赤信号の点滅。

沈黙。

そして


「咲」


「はい」


「俺、お前のこと“子どもだ”って思ってた。今でもそう思う瞬間はある」


「……はい」


「でも……俺より、ずっと大人なときもある。……だから、正直言って、戸惑ってる。自分の中の答えが、まだ出てないんだ」


それでも


「それでも、逃げたくはないと思ってる。……お前と、ちゃんと向き合いたいって思ってる」


咲は、言葉の代わりに小さく頷いた。


信号が青に変わる。


二人は何も言わずに歩き出した。

けれどその歩幅は、いつの間にかぴったりと揃っていた。

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