第11話吉川の視線

「相川さん、最近……変わりましたね」


昼休み、コピー機の前。

相川が紙詰まりに悪戦苦闘していると、背後からそんな言葉が落ちてきた。


「……どういう意味ですか」


「前より、ちゃんと人の目を見るようになった気がします」


「……そうかな」


吉川はいつもの調子で、いたずらっぽく笑った。


けれど、そこにはほんの少しだけ、痛みを含んだような空気があった。


「この前……あの子に会ったあと、ちゃんと考えたんです。自分が何をして、何を言ったのか」


相川は手を止めた。


「私、咲ちゃんに少しきついことを言っちゃった。……というか、言わなくてもいいことを、

言いたくなっちゃった」


「……そうか」


「最初は、自分が情けなかった。年下の子に、何嫉妬してるんだろうって」


吉川は視線を落としながら、ぽつぽつと話した。


「でも、あの子、本当にまっすぐなんですね。私のこと、ちゃんと見てた。目、逸らさなかった」


「……咲が、何か言ってた?」


「ううん。何も。……何も言わないで、ちゃんと気持ちをぶつけてくる人って、強いんだなって思った」


相川は、その言葉を静かに受け止めた。


「だから、私……ちゃんと応援します。相川さんが、あの子をまっすぐ見ようとしてるなら」


「吉川……」


「まだ、少しだけ……モヤモヤは残ってるけどね」


最後にそう付け足して、吉川は笑った。


「でも、そういうの全部含めて、“大人になる”ってことなのかなって。私も、少しずつ、ちゃんと進みます」


そう言って、彼女は給湯室の方へ歩いていった。


残された相川は、まだ温かいコピー機の上に手を置いたまま、しばらく動けなかった。



夕方。

スマホに咲から届いたメッセージは、短かった。


「今日、すごく寒いですね。駅前で待ってます」


ただそれだけの、あたたかい言葉。

読んだ瞬間、なぜか心がほっとする。


(あいつの笑顔を、ちゃんと見たい)


その思いだけを胸に、相川はコートの襟を立てて駅へと向かった。

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