八月十二日(火):海辺のキャンプ

 これは、高校時代の同級生だった三浦彩香さんから聞いた、夏休みの恐ろしい出来事です。

 彩香さんは当時、地元の青年団の活動に参加していました。地域の子どもたちや学生を集めて、海辺のキャンプや交流会を開くボランティア活動です。

 その年の夏も、国際青少年デーに合わせて、二泊三日の海辺キャンプが企画されました。会場となったのは、県外の小さな半島の先端にあるキャンプ場。昼間は透き通るような海と青い空が広がる絶景ですが、夜になると一転、海鳴りと潮の匂いに包まれ、街灯もほとんどない真っ暗な世界に変わります。

 彩香さんは、引率者として他のメンバー四人と一緒に前日から現地入りしました。その日の夕方、テントや食材の準備を終えて、海辺を散歩していると、不思議なものを見つけたのです。

 

━━━━━━━刻━━━━━━━


 砂浜の端、崖のふもとの影になった場所に、古びたブイが転がっていました。直径一メートルほどの、鉄でできた球形の浮き。赤く塗られていたはずが、今は塩と錆でまだらになり、海草が絡みついています。

「ここ、漁港からはだいぶ離れてるのに…」

 彩香さんが首を傾げていると、一緒にいた青年団の先輩が口を開きました。

「それ、あんまり触らない方がいいよ」

 どうしてかと尋ねると、先輩は小声でこう言いました。

「地元じゃ『呼ぶブイ』って呼んでる。見つけても、海に返したり動かしたりすると…必ず戻ってくるんだってさ」

 冗談かと思いましたが、先輩の顔は真剣そのものでした。彩香さんは気味が悪くなり、その場を離れました。

 

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 翌日、キャンプ初日。

 昼間は子どもたちと海遊びや浜辺のバーベキューで大忙し。夕暮れになり、全員で焚き火を囲んで歌ったり話したりしていると、突然、子どもたちの一人が叫びました。

「なんか、海から大きい玉が来る!」

 海面を照らすと、波間に巨大な影がゆっくりと近づいてきます。それは…昨日見たブイでした。確かに崖のふもとにあったはずなのに、今は波に乗ってこちらへ押し寄せてきているのです。

 ざぶん、と波が引くと、ブイは砂浜に打ち上げられました。まるで最初からここにあったかのように。

 その夜、テントに入ってからも、外で「ゴン…ゴン…」と重い物が転がる音がしました。砂と小石を擦る、鈍い音。外を見る勇気は誰にもありませんでした。

 

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 最終日の朝。

 撤収作業をしていると、ブイはもう姿を消していました。 不気味に思いながらも、全員無事にキャンプを終え、帰路につきました。

 ところが…帰ってから一週間後。

 彩香さんの家の前に、それがあったのです。

 錆びつき、海草が絡まった赤いブイ。触れていないのに、砂がまだ濡れていました。

 彩香さんは慌てて家の人と一緒に海へ運び、港の隅に置いてきました。しかし翌朝、ブイは再び家の前に転がっていたそうです。彩香さんがいくら海に戻しても、翌朝には必ず家の前に転がってくる。

 ただ、彩香さんはそれ以降、海辺には近づかなくなったといいます。

 あのブイが何を「呼んで」いたのかはわかりません。あのブイが、彩香さんの家以外にどこへ漂っていくのか、それとも誰かの家の前に転がっていくのか……考えるだけで背筋が冷える話です。

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