第2話 「チキンのクリーム煮」
「うーん」
大きく伸びをして、カラカラと扉を開ける。
看板を外に出すと、眩しい日差しが目に飛び込んでくる。
「夕方だというのに、今日もあっついな~」
「でも、なんかおかげさまで良く休めた気がする」
おとといの「いただけませんね」という彼の顔を思い出して、ふふっと笑いがこぼれた。
「おや、凛ちゃん、今日もいい顔してるね!」
「あ、松下さん!いらっしゃいませ!」
「今日も元気そうで、なによりなにより。じゃ、いつもの、頼むね!」
「はい!」
松下さんは元教師で一人暮らしをしているおじいちゃま。
といっても快活で、とてもおじいちゃんという年には見えない。
自炊はできるけど、「ずっと家に一人でいるのもよくないから」と散歩がてらお店に来てくれるのだ。
「もうすぐかみさんの命日でよ。息子たちも嫁を連れて戻ってくるっていうから、少しは家の中が賑やかになりそうだわ。はっはっはっ」
松下さんは豪快に笑う。
「そうなんですか。よろしければ、お弁当の配送サービスもありますよ?」
「お、じゃあ、お願いしようかな~来週なんだけどさ」
「おはようございまーす」
「あ、
「あ、松下さん、いらっしゃいませ。来週、出勤できますよ?」
「え、入る予定じゃなかったんなら申し訳ないよ」
「いーんですって、凛さん。私は、凛さんのお役に立ちたくて働かせてもらってるんですから!じゃあ、松下さん、お弁当の配送、私が承りますんで!」
「お、じゃあ、よろしく頼むよ!」
「はい!」
「それじゃあ、美香ちゃんにお任せするね。そして、お待たせしました。いつもの親子丼ぶりです!」
「お~今日もおいしそうだ!」
「それじゃ、凛さん。お疲れさまでした。じゃあ、また来週の火曜日、17時ごろ来ますので」
「ごめんね、美香ちゃん。火曜日、全休だから唯一休めるんだ~とか言ってなかったっけ?せっかくのお休みなのに...」
「いーんですって、凛さん!凛さん、少しは人に頼ることを覚えた方がいいですよ!って、年下が言っても生意気か。店員も私が入らなければ凛さん一人だけなんだから。体調、気を付けてくださいよ!私、凛さんのお店で働けなくなったら、余裕で寝込みますからね。」
「そんな、冗談よしてよ笑」
「結構本気ですから。それくらいこのお店と凛さんのこと好きですから。じゃ、また来週!」
なんだか嵐のように去っていった...
「ちゃんと休めって。この間のお客さんも、そんなこと言ってたな~」
「おや、それは僕の事ですか?」
「い、いらっしゃいませ!」
「そんなに怯えなくても。今日は、このチキンのクリーム煮をお願いします。」
「はい、かしこまりました!」
返事をしながら手を素早く動かす。
ひとさじのチキンのクリーム煮はカボチャも入っているのが特徴だ。クリーム煮というと冬に食べたくなるメニューだけど、今日は暑い。
生クリームを注ぎ込み、彼の座っているカウンターに目を向ける。この暑いというのに、シャツのボタンを上まで止め、ネクタイもきっちり締めている。
鞄の上には、ズボンと同じ色の仕立てのよさそうなジャケットまでかかっている。
暑くないのかな。営業職なのかな。
そんなことを考えていると、クリームとチキンが混ざっていい香りがしてくる。
お皿に盛り付けて、ブラックペッパーとローズマリーを振りかける。
「おまたせしました」
「ありがとうございます。あの、」
「はい?」
「すみませんが、冷房で体が冷えてしまって。少し風を弱めていただくことはできますか?」
「あ、はい、ただいま」
慌てて客席側の冷房を弱める。確かに最近、どこでも冷房が強めだもんな~
それでジャケットまで持ってたのか。
「ごちそうさまでした。お会計をお願いします」
「はい」
そういって、彼が立ち上がると、ジャケットの胸ポケットから社員証が滑り落ちた。
「はやせ、つかさ...」
ー回想ー
「これからもずーっといっしょだよ、つかさくん!」
「そうだね。一緒にいよう」
「あ、失礼。ありがとうございます」
「あ、いえ。1200円になります」
「ありがとうございました」
早瀬さんを見送ってから、また物思いにふける。
「さっきのは、何だったんだろう...」
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