今日も、ひとさじ
柚木 灯緒
第1話 「いただけませんね」
「ははは」
そんな笑い声が響く。居酒屋が並ぶ商店街を抜け、一本路地を入ったところ。
そこに、カフェ「ひとさじ」はある。
「あと少しか...」
私はため息をつく。
「じゃあ
「はい、ありがとうございました!」
これで最後のお客様かな~ じゃあ、ちょっとだけ...
カラカラカラ
扉があく音がした気がした。
「いただけませんね」
そんな声が聞こえて、はっとして立ち上がる。
「い、いらっしゃいませ!ご注文は...」
「いただけませんね」
もう一度彼が繰り返す。
「え?」
「表の看板には『お客様を笑顔で、幸せに』と書いてあった。
なのに、店主のあなたがそんな顔とは」
彼は軽くため息をつく。
「申し訳、ありません」
少し声が震える。考えてみれば、まともに休めていなかった。
開店してからお店を回すのに必死で...
「この店主のおまかせ、まだありますか?もうすぐ閉店時間ですよね」
彼は眼鏡の奥からメニューを眺め、こちらを向く。
「は、はい!ございます!少々お待ちください」
急いで近くにあった紙に「おまかせポタージュ」と書き込み、火をつける。
コトコト煮込まれる音に心もほぐされていく気分だ。
「お待たせしました」
煮込まれたポタージュがおいしそうに湯気を立てる。
コトリと器を置くと、彼のメガネが少し湯気で白くなる。
「いただきます」
お腹がすいていたのか、彼は近くにあったさじに手を伸ばし、ポタージュを一抄い。
ふー
息を吹きかけて、口に運ぶ。
「うん、美味しいです」
「お口に合ってよかったです」
シンプルな感想だけど、どこか厳しそうに見える彼から「美味しい」という言葉をもらえたことにほっとした。
ふーふー
しばらく息を吹きかける音が響く。
静かな時間だ。
「どうか、しましたか?」
その声に我に返る。つい、ぼーっとして彼のことをじっと見つめてしまったようだ。
「いえ、なんでも...すみません」
「そんなに謝らなくても。あまり休めていないんですか?目の下のところ、クマが出来ています」
「え」
しっかり目にメイクをして隠したつもりだったのに...常連の
「明日は定休日と書いてありました。しっかり休んでくださいね。お会計を」
「あ、は、はい!」
「ありがとうございました!」
お見送りを済ませて、看板をしまう。
「なんだか、不思議なお客様だったな~」
そう思いながら、お店のライトを消した。
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