7

 執務室は、重苦しい空気でいっぱいだった。

「ドラゴミロフ家の魔法使いが代々どうやってこの地を守ってきたか。君も知っているだろう。私たちはこの国のため、この国に住む人の安全のために竜の力を使ってきたんだ」

 見てごらん、とスラグは、壁を指さした。ナタリアは、竜の紋章があしらわれた大きな盾がかかっているのを見た。

我が家わがいえの初代様が国王からたまわった盾に、この地を守ることを誓った。私達の魔法は、そのためのものではないだろうか」

 ナタリアは、息のしかたを忘れてしまったような気がした。吸っても吸っても、空気が肺に入ってこない。

 お父様が言っていることは間違っていない。竜の力はドラゴミロフ家の当主が振るう、この国で最も強い力のひとつ。

 でも、それでも、私は言わなければならない。ナタリアは、ティーカップの中身を飲み干した。

「——お父様。私はアルクスで、これよりも素晴らしいお茶を知りました」

 スラグは、表情を変えず、ナタリアの言葉を待っていた。

「それは、ある魔法使いが手ずから薬草を育て、固有魔法オリジンを使って淹れた、本物の魔法の薬茶くすりちゃです。多くの人がその薬茶に感動し、彼女の店には多くのお客が押し寄せています。なぜだと思いますか」

「……なぜだろう。教えてくれるかい」

「彼女は、自分が最も好きだった薬草作りで、だれかを喜ばせたいと思ったからですわ。自らの夢を叶えたいと思う心が、彼女の固有魔法オリジンを生み出したのです」

 ナタリアは、ガクガクするひざを押さえた。

 ちゃんと、最後まで言うのです。そう思って、言葉を続けた。

「私も、そのような魔法使いになりたい。人のために魔法を使うことと、自分の夢を叶えるために魔法を使うことは、どちらかを選ばなければいけないわけではありません。私は、自分の魔法に意味を見出したいのです。誰かに命じられて振るうのではなく、自らの夢に意味があることを、魔法で表したいのです……!」

「ナタリア……」

「私は決して、すべてを投げ出したりはいたしません!ドラゴミロフ家の責務を忘れず、私の魔法で起きた失態は私が責任を取ります!ですから……!」

「もういい。分かった」

 スラグは、声を押し殺すように言った。ナタリアは、雷に打たれたように体がこわばった。

「ナタリア。君の気持ちは分かるよ。……私も君と同じくらいの年の頃、似たような疑問を抱いた」

「お父様……」

「だから、教えてくれナタリア。君は本当に責任を取れるかい。ドラゴミロフ家が何を背負っているのか、本当に分かって言っているのか。我が家が守っているのは、鉱山ひとつではないよ」

 ナタリアは、何かを言おうとしたが、唇が震えて言葉が出てこなかった。

「国王から国土の守護しゅごを任せられて百年以上、ドラゴミロフ家は帝国と国境を接する、この北の領地を守り続けてきたんだ」

「……そ、それは、誇り高きことです。私も、ドラゴミロフ家の名を軽んじるつもりは……」

「それなら、どうして竜の力を捨てて舞台に立とうと思ったんだろう。我が家の守りがなくなれば、帝国は明日にも軍をまとめ、我が領地へなだれ込むだろう。君は、この国が破れたとき、その責任をあがなうことはできるかい」

「お父様……それは、あまりに卑怯ですわ。国と国の争いの責任を、個人で負えるか、などと……そんなことをおっしゃられたら、何も言えなくなってしまいます。私はただ、私の夢を……」

「君の夢が領地を守れるのか、民の生活を守れるのか。もう一度心から考えてみてくれないか」

「それは……」

 スラグは、ティーカップを置くと、ソファから立ち上がった。

「見聞が広がるためならと、君が王立魔法技術養成専門学校に行くのを許したのは間違いだったかもしれない。少し学業を休み、我が領地で考えをあらためてみたらどうだろう」

「そんな……!」

 ナタリアは、思わず下を向いて、握ったままの拳を見た。目の奥が熱くなって、拳がにじむ。

「やめてください……!!」

「後のことは、エイブラハムに任せる。君は少し休むといい」

 スラグは、仕事机の上に置かれたベルを取り上げると、2度鳴らした。

 しかし、なにも起こらない。

「エイブラハム?何をやっている……!」

 スラグがいらだった声をあげたとき、はげしい音が執務室に響き、窓ガラスが砕けて散った。


 8


「な、何が起きた!ナタリア、ケガはないか!」

 ナタリアは、窓が割れたと同時、部屋に飛び込んできた姿に息を呑んだ。

「リナリィ……!」

 黒い鉄箒に乗った2人のうち、前に乗っていた小さい方が、目を吊り上げて怒鳴りつけた。

「やいやいやい!!さっきから黙って聞いていれば、おっさん言いたい放題言いやがって!ナタリアの気持ちを考えたことあんのかよ!!」

 リナリィは、肩を怒らせてスラグとナタリアの間に立ちはだかった。

「な、なんだ君は。いきなり入ってきて、何を言っている……」

「ナタリアの夢が人を守れない?じゃあ、あんたの魔法は、だれかの心を支えて、守れるのかよ!」

「ナタリア、待たせたね」

 クロエが、ナタリアに駆け寄ると、ベルトに提げたバッグを開いてみせた。

 その中には、ナタリアの拳よりも大きい魔鉱石が赤々と光を放っていた。

「やったぜ。今まで見た中でも一番大きいかもしれない。ナタリアが正面から戦ってくれたおかげだ」

「クロエ……!」

 ナタリアは、目頭をこすると、あわてて鼻をすすった。

「守るってのは、竜になって力を振り回すことだけじゃない!!人を信じて、背中を押してやることだって、だれかの夢を守ってんだ!!」

 リナリィの怒りは収まる様子がない。

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