5

「——旦那様。お嬢様をお連れ申し上げました」

 エイブラハムが、木製の扉越しに呼びかけた。

「入りなさい」

 重たい扉が開いて、ナタリアはドラゴミロフ家の執務室しつむしつに通された。

 歴代の当主が仕事をしてきた部屋は、執務室というには広すぎた。部屋の中の調度品ちょうどひんは、頑丈でかざりけの少ない物ばかりが置かれていた。

 部屋の奥には、磨き上げられた木でできた大きな机が置かれて、そこには厳しい顔つきの男の人が、ペンを走らせていた。

「……ただいま戻りました。お久しぶりです、スラグ・ドラゴミロフ伯爵閣下」

「久しぶりに会ったんだ。いつものように“お父様”と呼んでくれ、ナタリア」

「お父様。長らくの無沙汰ぶさたを、おわび申し上げます。しばらく連絡もせず、申し訳ございませんでした」

「なに、無沙汰は君が学校生活を楽しんでいる証拠だ。元気そうで何より」

 スラグは、視線を上げると笑顔を浮かべた。

「エイブラハム、茶を入れてくれ。休憩にしよう」

 ナタリアの後ろに立っていたエイブラハムが、音もなく姿を消した。そう思ったら、ティーセットを乗せたトレーを運んできた。

「かけなさい。久しぶりに君と話したい」

 スラグは、部屋の中に置かれたソファに座ると、ナタリアに向かいの椅子をすすめた。

 ナタリアが座ると、すかさずエイブラハムがティーカップを差し出した。

「久しぶりに会いましたら、白髪が増えたのではありませんか?ご苦労が多いのでしょうか」

「まったくそのとおりだ。鉱山が順調なのは良いことだがね、領地を守る役目のほうが忙しくて叶わない。そちらは優秀な跡継ぎに任せて、私は山掘りに集中したいものだよ」

「ご冗談を……まだまだお元気でいてくださらなければ、領民も困ってしまいますわ」

「それは、君が魔法技術養成専門学校で学ぶことに関係があるのかね?」

 スラグの目が、すっと細くなった。ナタリアは、部屋の空気が、わずかに冷たくなった気がした。

「君の固有魔法オリジンは現れたかい。竜の力は使いこなせるようになっただろうか」

 ナタリアは、テーブルの下でスカートの裾をぎゅっと握りしめた。

「……まだ、現れていません。引き続き、修練にはげみます」

「そうしなさい。竜の力は、我がドラゴミロフ家の初代に現れ、代々つないできたものだ。えさせてはいけないよ」

「お父様」

 ナタリアは、背中にびっしょりと汗をかいているのを感じながら言った。

「私は、マギ専を卒業したら、演劇の仕事に就きたいと思っております。魔法を、私自身の夢のために使いたいのです」

「残念だが、それは許されない。……君がそう言うのは、分かっていたがね」

 スラグは、間をおかずに答えた。

「君には、竜の力が宿っている。国を、民を守り、敵を倒す、すさまじい力だ。それを育て、引き継いでいくのが、ドラゴミロフ家長子ちょうしの君の役目だ」

 ああ、これだ。ナタリアは、胸の奥が痛くなるのを感じた。

「たしかに、竜の力は歴史があるすばらしい力です。ですが、お父様には、私が私のやりたいことのために魔法を使うことをお許しいただきたいのです」

「魔法使いの固有魔法オリジンは、魔法を使えない民のために使われなければならないよ。偶然、魔法使いになる才能を持って生まれたからと言って、その才能を好きに使っていいわけではないんだ」

 スラグは、おだやかに、しかし、がんとしてナタリアの言葉を認めなかった。


 6


 一方、その頃——、

「クロエ、あれだよな。魔鉱石を積んだトロッコって」

 ドラゴミロフ鉱山の入口。山の斜面に開けられた大きな入口に向かって、何本ものレールが延びている。その一本に停まっているトロッコを、リナリィは見逃さなかった。

「いい?あくまで自然に、自然にな……」

 クロエは、左右の頬を押し上げて、笑顔を作った。

 リナリィは、クロエの顔をちらっと見ると、ぎょっとした。

「うわ、なにその顔!そんな顔したことないじゃん」

「うるさい。いくよ」

 クロエは、何人もの鉱夫の間を縫うように歩き出した。リナリィも、その後ろをおっかなびっくりついていく。

 クロエは、トロッコに近づくと、その脇に立っている鉱夫に声をかけた。

「お疲れ様です。私たち、ドラゴミロフ伯爵様の方から来ました。新たな魔鉱石の取引先との交渉のため、大きめの魔鉱石があったら、いただいてもいいですか?」

「うん?伯爵様の使いかい?聞いてないけどなあ」

「なにしろ新しい取引先ですから。極秘で進めているらしいです」

 クロエは、笑顔を浮かべたまま言った。

「そうかい……じゃあ、待っててくれよ。たしか、良い鉱石が取れたはずだ。ほかの鉱山じゃ、そうそうお目にかかれないようなやつだぜ。伯爵様に見せてやってくれよ」

 そう言って、鉱夫は、トロッコに顔を突っ込んだ。

「……お前、いつもこんなことやってんのかよ」

「いつもじゃない。本気のときはこれくらいやるってだけ」

 クロエは笑顔を浮かべたまま、小さな声で答えた。

「いつでも飛べるように準備して。魔鉱石をもらったら、すぐにナタリアと合流して逃げ出すから」


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