ただの高校生としての時間
悲しそうな表情をしている相方に何と声をかけるのが正解なのだろうか。
ポーカーフェイスを貫くことの多い零だからこそ、私は心配だ。
全ての感情を押し殺すことが必要な世界かもしれない。
ただ、ずっと感情を隠し続けた人間の末路はどうなるのだろうか?
感情を消せるのかもしれない。
逆に狂ってしまって正常な判断が出来なくなるのかもしれない。
不確定要素の多い感情との付き合い方をもっと知らなくてはいけないと思った。
「零、今度教えて。あなたが生きてきた世界、全部」
少し距離が縮まったくらいで喜んでいる場合ではなかった。
私達は命を懸けて任務を遂行する必要がある。
それは過酷で、報われることがない。
それでも背中を預けられる存在を尊く思うのはきっと間違いでは無いだろう。
「…あぁ」
小さく頷いた零と歩き、教室に戻るとみんなが心配そうな顔で近づいてきた。
「何かあった?無線繋がんなくて焦ったよ」
「防犯カメラにも映ってなかったけどどこいたの?!」
さっきの出来事を言うべきではないと思った。
言えば零の過去を知りたがる人が生まれる気がした。
「何もなかったよ。みんなの様子に逆に心配なんだけど!」
何にもなかったと、嘘をついた。
それは零だけが知る事実。
この嘘だけは絶対に見抜かれてはいけないと思った。
零を守るために。
それが唯一私ができることだった。
「大丈夫ならおっけい。二人とも今からこの服に着替えて!」
そう言って別々の教室で、着替えさせられた。
以前の任務で着た、ドレスを身にまとい廊下に出るとその時と同じスーツを着た零と目が合った。
「クラスでカップルを出してステージを歩くの。去年の知ってると思うから、影井君フォローよろしく」
一気に説明するクラスメイトに脳の処理が追い付かない私。
「去年、俺らでなかったろ。大体、俺ら恋人じゃないし…」
「校長先生が全クラス出場必須だって。優勝クラスにはなんと…BBQです」
明らかにテンションの低い零と相反する勢いのみんな。
「BBQかかってんだ。頼んだぞ!」
私の顔を見て大きなため息をついた零。
「この学園の文化祭名物だ。司会者の質問に答えたり、ステージを歩く。で、生徒の投票で優勝クラスが決まる。いかにもお前が好きそうなやつだろ」
みんなはBBQに魂を操られているのではないかというくらい、テンションが上がっていた。
「私達が出ていいの?それ。他の人やりたいとか…」
「ない」
口をそろえて同じ答えを主張するので驚いた。
「こんなだからそもそも恋愛する気がないんだ。見てる方が面白い。それに衣装がたまたま任務の使えたからって理由もあるし」
明日、死ぬかもしれない人に恋愛感情は芽生えないと言う。
メンバーとも昔からの縁で今更恋心が発展することもないと言う。
それがあまりにも切なくて、顔をそむけてしまった。
「気にすんな。俺らはまぁ…単に環境がそうだったってだけ。二人とも全力で肉待ってるからな!」
クラスメイトに背中を押され、私達は集合場所まで歩いた。
私とみんなはあまりにも違いすぎる。
今まで普通に生活してきた私にみんなと、零と横に並ぶ資格はあるのだろうか。
「お前がそんな顔だと肉は逃がすだろうな」
「野菜ならもらえる?」
「焦げたやつならもらえるかもな」
せっかく楽しい文化祭になると思っていたが、やっぱり私達はそういう世界で生きているんだと実感した。
「零、絶対嫌じゃん。こういうの」
人前に立つことは極力避けていそうな零が引き受けたのは意外だった。
「たまには…悪くないと思って」
集合場所に到着すると、軽いルール説明を聞かされた。
「回答は任せた」
零の苦手分野は私が。
「ビジュアル面と多少の動き、任せた」
私の苦手分野は零が。
まるでこれが任務かのような認識でステージに上がった。
零と校内で腕を組むことになるなんて、思いもしなかった。
文化祭名物というだけあって、見に来ている人の数も声援もすごかった。
ステージに着くと待っていた司会者がマイクを渡してくれた。
「二年D組です。お名前お願いします」
「朝比奈花音です」
「影井零」
名前を言い終わると、生徒が名前を次々に呼んでくれた。
慣れない状況に少し戸惑ったが、司会者から質問がきた。
「お二人の交際歴は?」
「私が最近転校してきて、それからなので…最近です」
具体的な数字を言った方が良かったのかもしれないが、パッと思いつかなかった。
「初々しいですね!デートとか行きました?」
「文化祭のために買い出しデートしました」
あれをデートだと言うには少し無理があるかもしれないが仕方がない。
「いいですねぇ!では最後に何かあればどうぞ!」
そんな振られ方をすると思っていなかったので悩んだが、BBQのためにはここで何かしないといけないと思った。
零が反応しないといけない系は却下。
選挙のように清き一票を乞うのも却下。
何にしようか悩んでいると手からマイクを奪われて抱きしめられた。
観客の声も大きいはずなのに零の心臓の音が聞こえた。
「俺のだから」
司会者にマイクを返して、私の手を引いた。
体育館は生徒の声で埋め尽くされたが、私の耳に残るのは零の心臓の音だけだった。
「突然びっくりしたぁ」
教室に戻る廊下でさっきの事を振り返った。
「俺も授業は習ったんだ。多少の事ならできる」
耳が真っ赤になっていることは言わない方が良いだろう。
結果は文化祭の最後に分かる。
それまでの間は、また任務が始まった。
「ねぇ零は一生この仕事をしていくの?」
「さぁな」
返事は返ってくるものの相変わらず会話のキャッチボールが一方通行だった。
私だけが知りたいと思って踏み込んでいるが、もしかしてして迷惑なのかもしれない。
「零…一緒に卒業しようね」
今にもどこかに消えてしまいそうな感じがした。
「留年するなよ。恥ずかしい」
普段の口の悪い零とふとたまに見せる切なそうな零。
あなたは一体何を抱えて立っているの?
その後、特に大きな問題はなく文化祭の幕引きの時間となった。
5位から順に発表されていき、未だクラスを呼ばれることは無かった。
「ではいよいよ優勝クラスの発表です。準備は良いですかー?」
生徒のボルテージは上がる一方だった。
もしあんなにも楽しみにしていたみんなにBBQを届けられなかったらどうしようと、考えることしか出来なかった。
すると零にデコピンをされた。
「は?何でこの状況で?何怖い!」
周りの声にかき消されながらも零の目を見て声を出した。
目を合わせたかと思えばすぐに逸らされて、意味が分からなかった。
「優勝クラスは二年D組!」
一斉に視線が私達のクラスに向いた。
クラスメイトに抱きしめられて、喜ばれた。
私自身はワンテンポ遅れて状況を理解したが、零は私と目を合わせた。
「初々しさが良かったですね!いかにも高校生って感じで!末永くお幸せにです」
その後、私達は広い校庭でBBQを始めた。
「ありがとなー。花音、影井!」
「美味い!幸せ」
「最高な文化祭だぜー!」
普通の高校生のように本気で文化祭を楽しめるのか正直心配だった。
それでも多分、今だけはきっとみんなただの高校生。
社会の権力に振り回されることも無ければ、自分の命を懸ける必要もない。
そんな当たり前の日常を、一瞬だけでも過ごせて幸せだと思った。
「実際どうなの?影井君の『俺の』発言めっちゃ興奮したんだけど!」
この私達の姿を見て、死と隣り合わせの任務を行っていると感じる人は誰もいないだろう。
完全に閉鎖的な世界で、私達は生きている。
「私も正直びっくりしたんだよね。本人は授業で習ったって」
耳が真っ赤になりながらも、最善の選択をしてくれたと思うと嬉しく思えた。
「え?零君はそういう授業出てないよ?」
「確かに!高校からしか知らないけど感情系の授業に出てるの見たこと無いかも。戦闘とか薬物にいるよね」
一瞬考えた私達は時間が止まったかのように静寂となった。
「…零君の本音だったりして」
みんなで驚き、顔を見合わせた。
「まさかー。…まさか、ね」
それ以上は何も踏み込めないと悟ったのか、違う話題へと移り変わっていった。
もしあれが本音だったとして、私の本音は?
心臓の音が速くなっているのが答えなのだろうか?
それとも周りの人にとって最善の選択を脳で処理した演技なのだろうか。
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