文化祭に危険は付き物
学園全体が文化祭色に染まってきた。
フォトブースを作成するために、クラスでは意見を出し合っている。
楽しそうに製作するみんなの傍らで読書をする零。
「零はいつもあんな感じなの?」
イベントに興味を持たず、一人違うことをしているのが通常運転らしい。
「私達は感情オンオフがあるのね。けど多分影井君には感情のオンオフが無くてロボットみたいなんじゃないかな?仕事柄感情を放棄することは正しいのかもしれないけど」
それはあまりにも切ない。
「当日はみんな警戒態勢で臨むにしろ、今は楽しめばいいのに」
私とは生きてきた世界が違う零。
それでも楽しむことを忘れないで欲しかった。
「そう言えばのんのん、影井君の事、零って呼ぶようになったのね」
茶化すように笑うクラスメイトの対応に困っていると零が本を閉じて歩いてきた。
「行くぞ」
一瞬にして空気が変わり、私は零について行った。
「あんなの適当にあしらえばいいだろ。お得意の演技で」
「日常生活も演技してたら自分が誰か分かんなくなっちゃうでしょ」
私のことを気にかけて連れ出してくれていると分かるから余計に面白い。
「零も文化祭の準備やろうよ。楽しいよ」
「しない。面倒だ」
高校生らしいことに興味がないことは重々承知だが、零にも体験してほしかった。
教室に戻ると何やら騒がしかった。
「どうしたの?」
近くにいたクラスメイトに声をかけると男子がペンキを倒してしまい口論が始まったらしい。
「ほら、面倒だろ?」
私を見下しながら零は教室の隅で本を読み始めた。
「ペンキ足りないし、段ボールも足りないよ!どーすんのこれ」
今まで丁寧に作ってきたものだからこそ大切にしたい人の気持ちもわかる。
しかしペンキを不注意で倒してしまうこともあるから責められない。
「それ、背景にするのはどう?カラフルな背景にしてその上にペンで絵を描くの。派手になるから映えると思う。けど元々の案のデザインも可愛かったから、スーパーとかから段ボール貰ってくるよ。ペンキも買ってくる!」
私の提案にみんなは納得してくれて、その場は収まった。
「私、買い出し行ってくるけど他に何かいる?」
必要なものをメモしてくれた紙を持ち、教室を出ようとすると『一人で大丈夫?』と声をかけられた。
『大丈夫』と返そうとすると隣に零がやって来た。
「飴買いに行く」
素直に手伝うよと言えばいいものを無理やり口実をつけている姿に笑ってしまった。
「零に来てもらうから大丈夫」
そう言って私達は学校を出た。
「お人好しすぎる」
口を開けば文句か悪口な零だが、前よりは距離がぐっと縮まった気がする。
「やりたいんだからいいじゃん。せっかくなら楽しい思い出にしたいし」
呆れた顔で前を向く零の横を歩く。
学校の近所の立地に詳しくない私は地図アプリを開こうとした。
すると後ろから勢いよくトラックが走って来た。
「んな細い道でスピード出すなよ」
そう言いながら私を壁側に移動させた。
「ありがとう」
お礼を言ったもののそっぽを向かれて、何も返ってこなかった。
「道分かる」
零にそう言われて私はスマホをスカートのポケットにしまった。
「最初から言ってよ!道案内お願いします」
制服を着て二人で外を歩くのは初めてだった。
任務のために着飾った服で横に立つことはあったがそれ以外はなかった。
こうしていると普通の高校生にしか見えないだろう。
望むことなら普通の高校生活を零と送りたいと思ってしまったのは一体なぜだろう。
「着いた」
店に入ると、零は買うものリストを見て位置を教えてくれた。
「ペンキとガムテープ。あとそこで段ボール貰えるか聞く。おっけい!」
レジに並び、周りを見渡した。
こんなにもたくさんの人がいる世界で大切だと思える人と出会える確率は何%なのだろうか。
いつか家族にも零を紹介してあげたいと思ってしまった。
誰にも言えない秘密を隠しながら、今だけは高校生として歩いていたいと思った。
「いらっしゃいませ。星城学園の生徒さん?文化祭かな?」
店員さんが笑顔でそう尋ねてくれた。
「はい!文化祭準備で、あのもしよかったら余ってる段ボールもらえたりしますか?」
店員さんはすぐに頷いてくれて、お会計を済ませた後、段ボール置き場に連れて行ってくれた。
「好きなだけ持って行って。持って帰るの大変だったら送って行こうか?」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
いくつか段ボールを持って零が待っているドアまで向かった。
「楽しむんだよ」
「ありがとうございます」
最後まで丁寧に私達のことを見送ってくれた。
「君達は恋人なのかい?」
思わず私達は顔を見合わせた。
「違いますよ。ただのクラスメイト!」
店員さんは驚いた顔で私達を見た。
「随分と仲がいいから、つい。お似合いだと思うわ。また来てね」
頭を下げてお店を出ると零が私を見つめた。
「何?」
無言で見つめられるのは少し怖い。
「何も」
そう言って私が持っていた段ボールを奪った。
「荷物持つよ」
全ての荷物を零が持ってくれて、私は手ぶら状態になってしまった。
「お前が段ボール持つと引きずる。袋、軽いし気にすんな」
結局私は何も持たないまま学校まで帰って行った。
数日後、無事全ての準備が整い文化祭当日となった。
当日は思いっきり楽しむことがなかなかできないようで、みんな少しピリピリしていた。
「学校も万全な対策をするのに不審者が入って来るのは何で?」
分担した場所を見回りながら、零に聞いた。
「簡単な話だ。金で買収された誰かが情報を提供したり、スパイが潜んでいる可能性。考えたら色々あるだろ」
普通に生活していた私はそこまで頭が回らなかった。
「文化祭…楽しみたかったなぁ」
どうせなら当日もみんなと笑って写真に思い出を残したりしたかった。
「…全部終わった後にしろ」
相変わらず表情が変わらない零が何を考えているのかは分からなかった。
「影井、のんのん!不審者」
教室で監視カメラなどの情報を仕入れているメンバーから無線が届いた。
「第二倉庫カメラ」
私達は急いでそこに向かった。
「…誰もいない?」
急いで駆けつけたが、そこには鳥一匹さえいなかった。
「どうなってやがる?」
無線も繋がらず、私は混乱していた。
「恐らくさっきの無線はフェイクだ。油断すんな」
文化祭とは思えないくらい静かで、緊張感が走っていた。
「さすがだね。影井零君」
足音や気配が全くしなかった。
「そんな警戒しないでも殺さないよ。今日は宣戦布告ってやつをしに来ただけだから」
私達と同じ制服を着た男の人。
「何者だ。来ただけって…このまま帰すと思ってんのか?」
異様な空気感に心拍数の上昇を感じる。
「現段階の分析では、実力差はないね。ただ一瞬の隙を作ることは出来る」
二人の会話に私はただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
自分より圧倒的な人を前にしたとき、ヒーローのように躊躇わず走っていける人になりたかったと強く思う。
「近々大きな任務を担うことになるだろ。もちろん君達宛てに。せいぜい答えに辿り着いてくれよ」
楽しそうに笑うその人の目的は一体何だろう。
「任務って何?何をする気なの?」
震える声で初めて言葉を発した。
「人がごろごろ死ぬ。それを止めて見せてくれよ。優等生」
人の死を喜ぶ人間がここにいる。
人の死で快感を得ている人間がここにいる。
その事実に私はどうやって立ち向かっていけばいいのだろうか。
「じゃあね」
そう言って私達の前から姿を消そうとした。
「だから何で行けると思ったんだよ!」
不審者を見逃すはずのない零は勢いよく近づいた。
「以上、猪俣誠也からの伝言でしたー」
「は?」
急に判断能力が低下したのか、立ち止まる零。
「だから言ったじゃん。一瞬の隙は作れるって」
その異常な程の笑みが私の記憶に深く刻まれた。
事情は分からないがきっと、零もこの瞬間を忘れることはないだろう。
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