命を懸けて守りたいなんて柄じゃない

影井零side

生まれた時から俺はずっとこっち側に人間だった。

それでも同じような境遇の子供と同じように勉強して成長していった。

成長していくにつれてメンバーが減っていくことの意味も理解した。

死への恐怖、生への執着。

それがどれほど恐ろしいものか理解するには子供過ぎた。

「君にペアを組んでもらう」

校長にそう言われた時、全力で断った。

しかしこれからさらに大きな任務を実行するとなる場合、最低でも二人を要請される。

依頼を受けるにしろ、実力だけでは補うことのできない数の壁に当たった。

初めて花音の情報を見た時、目を疑った。

普通に暮らしていたやつがいきなりこっちの世界で戦うなんて聞いたことがない。

自殺行為だ。

だが校長は引き下がることは無く、花音はここに訪れた。

素人の演技に期待はしていなかった。

ただの数合わせ要因としか思っていなかったが、初めて花音に会った時に思ったのは『こっちに来るな』だった。

普通に生きて、普通に死ぬ。

そんな人生を送るべき人間だと過ごしていくうちに感じてしまった。

任務を通して演技の才能や、朝比奈花音としての存在価値を知った。

そのすべてが俺の頭を悩ませた。

もし本当に背中を合わせたいと思ってしまったら花音を危険にさらすことになる。

もう二度と大切な人を失いたくないのに。

「以上、猪俣誠也からの伝言でしたー」

そう言われた時、頭が真っ白になった。

「花音」

BBQは夜まで続いた。

片付けが終わり、各々が自室に戻って行った。

部屋に戻ろうとする花音の腕を引いて、自分の部屋に向かった。

知りたいと、教えて欲しいと言ってくれたその気持ちがもし本当なら、俺は花音に話すべきだと考えた。

「何もない!何この部屋」

初めて人を入れた。

それが何だが不思議な感じで、悪くないと思った。

「お前は俺とペアでいる気はあるか?」

情けない問いだと思った。

しかしそんな問いに花音は笑って頷いてくれた。

「…俺はお前を安全地帯から引きずり出そうとしてる。意味分かってる?」

せっかく頷いてくれたのに、俺の中で覚悟が足りない。

「零、言ってくれなきゃ分かんない。感情を読み解くことはある程度できる。だから零が何かを抱えてることだけは分かる。それでも零のことを零の口からしっかり聞きたい。何でか分かる?」

優しく微笑む花音に何を言うのが正解なんだろう。

「零に死んでほしくない。私も守りたい。零が守ってくれたあの日、覚悟決めたんだ。私、この人のためにもっと頑張ろうって」

この世界で生きていくにはあまりにも優しすぎる。

感情に流されて、悪い方向に行ってしまいそうだ。

「…お前は俺から離れたら死ぬな」

「自意識過剰」

俺にこんな風に話しかけてくれたのは花音ともう一人。

「今から話すことは、俺の過去だ」

窓を閉めて、何もないリビングに座る二人。

この異様な光景を俺はいつまでも忘れない気がした。

「俺の同級生に猪俣誠也という人間がいた。性格はどちらかと言えば花音に似ていて、鬱陶しいくらい話しかけてくる奴だった」

「え、私鬱陶しい!?」

コロコロと変わる表情は見ていて飽きない。

「初めて大きな任務にグループで出たのが中学二年。当時は五人くらいのグループで誠也もいた。事前準備を怠ったつもりはないが、誠也は死んだ」

必死に涙をこらえる花音を横目に話を続けた。

「実力差はない。ただ、アクシデントが起こったんだ。その場にいるはずのない一般人を…誠也は見捨てることが出来なかった。守ろうとして死んだ」

感情など殺しておけば、誠也は生きていたかもしれない。

「世間から見ればそれは拍手喝采さ。けど、残された俺らは堪ったもんじゃない。最悪だ」

死んでしまったらそれで終わりだ。

それなのに、誠也は一般人を守りたい一心で命を落とした。

「けど…伝言って言ってたよね?」

その名前をもう一度耳にする日が来るとは思っていなかった。

「あぁ。だから分からないんだ」

生きているのならばなぜリスト検索で引っかからないだ。

何度も願った。

生きていて欲しいと何度もデータを探した。

あれは嘘なのか?

「…死体見た?火葬した?お葬式は?」

そう言われて思い出した、あの雨の日。

任務は失敗に終わり、学校からあいつの席がなくなっていた。

名簿にも名前の記載が無くなった。

「俺達は両親が誰か分からない奴が多いんだ。けどあいつん家は両親が葬式したはずだ。俺達には事後報告だった」

だから、学校という空間から消えたことで死を確認していた。

「生きてるかもしれないよね、それ」

当時、この事実に気が付くことは出来なかった。

今現在も、この名前を聞いて昔を思い出さなければ気が付かなかったかもしれない。

「生きてたとして、宣戦布告が本当だったら?任務依頼が来たら?」

昔のあいつはもういないことは証明されていた。

「零が助けるんだよ!」

俺の手を小さな手で包んだ。

傷一つない、綺麗な手。

「零の大事な友達なんでしょ。なら助けようよ」

『任務を遂行しよう』ではなく『助けよう』なのが花音らしい。

「もし生きてたら一発だけ殴って良い?誠也さん」

「何で?」

小さな拳を俺に見せた。

「だって零達の前から黙っていなくなったって事でしょ?悲しませた罰に」

本当に考えていることがよく分からない。

頬を少し膨らませて怒る仕草をする花音。

誠也に腹を立てているのは俺の方なのに、花音が怒る理由なんてどこにもないのに。

「零が感情をあんまりにも出さないから、代わりに出しとく!けど、私の前だったら素直になって欲しいとも思う。ペアなんだし」

今まで何の響きも感じなかった『ペア』という言葉に俺は温かさを感じた。

花音と一緒にいる時間が長くなればなるほど、この気持ちの正体を理解しそうで嫌だった。

「まずは情報収集だね。…どうやってやる?」

スマホを出して眉を下げる花音につい笑ってしまった。

「それで調べるもんじゃないだろ」

腹を抱えて笑っていると花音の目から雫が落ちた。

「お、おい。何だよ」

戸惑う俺を見て泣きながら笑う花音。

本当によく分からない。

「しっかり人間だなぁって思って。やっぱり笑った顔素敵だと思う」

感情は捨てたつもりでいた。

誰にも優しくせず、自分自身にも厳しく生きていく。

そうすればいつか、誰も死なない世界になるんじゃないかと昔は本当に思っていた。

現実的な話ではないと分かっていても、今もそんなフィクションを想像してしまう。

明日、死んでしまうかもしれない。

普通の人のように綺麗な死に方は出来ないかもしれない。

遺体も残らず、四肢がないかもしれない。

そんなクソみたいな世界で、花音は笑っている。

「好きだ」

感情を捨てた気でいた俺の感情が爆発した瞬間だった。

絶対に好きになってはいけないのに。

大切な人なんか作ってはいけないのに。

最悪だ。

「え!?」

俺と二人きりの花音は演技をしてないのだろうか。

俺にはまだ分からない。

けど、この戸惑い方は本当なような気がする。

「まじで最悪」

初めはすぐにここを去ると思っていた。

それなのに案外タフで、図太くて正直驚いた。

「好きって、え?意味分かってる?ライクの方?あ、ペアとして、みたいな?」

「馬鹿にしてんのか?」

何でこんなやつを好きになったのか分からない。

だけど、心が温かくて、絶対に手放したくないと思ったら声に出していた。

「…私、零の事好きなのかな?」

「はぁ!?」

普段は目を見て話す花音がきょろきょろと目を泳がせていた。

真っ赤な顔も目に入る。

「実は好きとかあんまり分かんなくて。ドラマとかで見るから雰囲気は分かるんだ。けど、好きになったことは無くて…でも今心臓が速いの。零、死んでほしくない。一緒にいたい。それって好きって事なのかな?」

眉毛をハの字にして聞いてくる花音にデコピンをした。

「んな恥ずかしいこと、べらべら言うな!…そうなんじゃねぇの」

自分の好きな人の好きな人が自分だったら、多分幸せだ。

誰より幸せにしたいと思うのも普通だし、守ってあげたいと思うのも普通。

普通の世界で生きられない俺が普通に分類されて、何とも言えない気分だった。

「命懸けて守るから」

「柄じゃないこと言うねぇ!けど、私もだよ」

この先どんなことがあっても守っていく。

一度は目の前で消えた大切な人の尊い命を二度と散らさないと誓った。

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