第17話 逆転甲子園への道③

 南浦部第一高等学校・野球部監督、杉田龍介すぎた りゅうすけ


「おい、大江おおえ。入学してからずっとブラブラしてたお前が、今さら、まともにボールを投げられんのか?」


「……一週間ください。必ず、仕上げてきますので」


「何が“一週間”だ! 三年のエース中川に、お前が勝てるとでも思ってんのか? 思い上がるなよ!」


 ドンッ。

 突然、頭に鈍い衝撃が走った。杉田すぎたが、何の躊躇もなく俺の頭を殴りつけたのだ。


「……何だ、その目は。俺に刃向かうつもりか? ああん? 一発でもいいから、俺に触れてみろ。その場で即、退学にしてやるからな!」


(……今どき、こんな化石みてえなパワハラ暴力教師がいるとはな。俺だって、昔はそれなりに荒れてた。複数の不良相手にやり合ったこともある。こいつの拳なんざ、屁でもねえ……。だが、やられっぱなしってのも、癪に障る)


 一週間後。バッターボックスには、あのクソ杉田すぎたが立っていた。

 過去に甲子園出場経験があるらしいが、プロには行けなかった選手。腐っても元選手、俺相手に意地でも見せたいのだろう。「三球勝負だ」と息巻いていた。


(……なら、お望み通り、フォークボール三連投で終わらせてやる)


 結果は――三球三振。

 杉田すぎたの顔はみるみるうちに真っ赤に染まり、そのプライドはズタズタに引き裂かれた。


「てめぇ! なぜストレートを投げん! ふざけやがって!」


 怒鳴りながらマウンドに駆け寄ってきた杉田すぎたは、俺を地面に押し倒し、顔面に何度も拳を叩き込み続けた。

 喧嘩には慣れているとはいえ、口の中にじわりと鉄の味が広がり、視界がかすんでいく。


(もう……いいか。あの世に行けば、あいつ(みっち)に、会えるかな……)


 意識が遠のきかけた、その時だった。


「お前な! 今すぐ、そいつから離れろ!」


 聞き覚えのある声が、グラウンドに響き渡った。――高坂こうさか先生だ。


「これは指導の一環だ! 出しゃばるなよ、高坂こうさか!」


「てめえ、自分が何をしてるか分かってんのか! これは暴行だ! ……正当防衛、成立するよな?」


 高坂こうさか先生が、ゆっくりと杉田すぎたに歩み寄る。


「……わ、わかった、どく。だが、殴るなよ」


杉田すぎた! 今すぐ大江おおえに謝れ! このクソボケが! さっさと警察に突き出してやるからな!」


「す、すまん……。そ、それだけは……やめてくれ。俺には、家族が……」


「ふざけるな! お前に殴られた大江おおえにも、大切な家族がいるんだぞ! 俺が止めなければ、死んでいたかもしれんのだぞ! お前は、今日限りで教職を辞めろ!」


「…………」


「とりあえず、校長室へ行くぞ。来い、杉田すぎた!」


 杉田すぎたを睨みつけた後、高坂こうさか先生は俺のもとへ駆け寄り、その場で深く、深く頭を下げた。


「……大江おおえ。本当に、すまなかった」


「先生が、謝ることじゃありません」


「すぐに救急車を呼ぶから――」


「それだけは、やめてください。……大丈夫ですから」


「……俺は、悔しい。本当に、すまない。お前のような生徒がいるのに、暴力教師の杉田すぎたを野放しにしていた、俺たちの責任だ」


「もう、いいんです。身体の痛みより、もっとずっと深い心の傷を、俺は、ずっと抱えて生きてますから」


 その言葉に、高坂こうさか先生は、何も言わず、俺の体をそっと抱きしめた。


「あ、すまん。痛かったか?」


「……いえ。救われました」


「校長室で事情を説明する。だが、たぶん学校はこの件を隠蔽いんぺいするだろう。杉田すぎたを警察に突き出すことは、できないかもしれん。……でもな、必ず、奴は学校から追い出してやる! そして、俺が、この野球部の監督になる。……それで、納めてくれないか。悔しいのは分かる。だが、俺と一緒に、もう一度、甲子園を目指そう」


「先生……ううん、監督! ……よろしく、お願いします! 今日のことは、忘れます。でも、高坂こうさか監督が助けてくれたことは、一生、忘れません!」


「……ありがとう、大江おおえ


 二人は、言葉もなく、その場で泣き崩れた。

 その様子を遠巻きに見ていた野球部員たちも、皆、下唇を噛みしめながら、静かに涙を流していた。

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