第16話 逆転甲子園への道②

 中学の卒業式まで、あと少しという頃だった。


 いつものように、俺の隣には三浦直也みうらなおやがいた。小学校の低学年の頃から、ずっと一緒だった。


 その“当たり前”が、ほんの一瞬で、俺の前から消えた。


 帰宅途中、大きなトラックが、すぐそばの道路を走っていた。

 その先で、幼稚園児くらいの少年が、サッカーボールを追いかけて車道に飛び出した。


 俺が、はっと息を呑んだ瞬間、世界がスローモーションのように歪む。

 みっち(三浦みうら)が、何の迷いもなく、トラックの前に飛び出した。

 少年は、歩道へと力強く突き飛ばされた。


 ――そこからの記憶が、ない。


 気がついた時、俺の大切な親友は、もうこの世界のどこにもいなかった。

 少年は、無事だったらしい。


 地方ニュースは、これを単なる「事故」として報じていた。

 トラックの運転手は、飲酒運転だったという。


 葬式の記憶も、おぼろげだ。

 ショックがあまりに大きすぎて、涙さえ、一滴も出なかった。


 みっちとの過去の記憶が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 そして――ようやく、現実が、俺の心を殴りつけた。

 その瞬間、堰を切ったように、涙が止まらなくなった。


 大切なものを、本当に失ってしまったのだと。その実感が、容赦なく胸に突き刺さったからだ。


「みっち! 一緒に甲子園に行くって、約束しただろ!! なんでだよ……なんで、お前なんだよ……!」


 それから、俺は荒れた。

 気がつけば、他校の不良と殴り合いの喧嘩を繰り返していた。きっかけなんて、どうでもよかった。ただ腹が立てば、こちらから喧嘩を売る毎日だった。


「……俺、何やってんだ。これじゃあ、みっちが悲しむだけじゃねえか……!」


 ある夜、土砂降りの公園で、ずぶ濡れになりながら一人、泣き叫んだ。

 降りしきる雨が、涙を隠してくれる。ここには、誰もいない。

 大声で叫ぶことでしか、今にも崩れそうな心を、なんとか支えることができなかった。


 俺は、野球を辞めた。

 強豪校からの推薦入学も、すべて断った。


 そして時が過ぎ、南浦部第一高等学校に進学した。

 そこで、再び俺の心に火を灯してくれる人に出会った。

 それが――沢村愛美さわむらめぐみだった。


 彼女のおかげで、俺はもう一度、野球と向き合えるようになった。


 「みっちのことを忘れた方がいい」

 「トラウマを癒やすために、カウンセリングを受けてみないか」


 心配した親には、そう何度も勧められた。だが、俺は従えなかった。


 ――違うだろ!


 ダチを忘れる? 親友との記憶が、トラウマだと?

 そんなもん、くそくらえだ!


 今でも、ふとした時に、みっちの声が聞こえる時がある。

 それを“心理的ストレス”だなんて、ふざけるな!


 みっちとの思い出があるからこそ、今、俺は、甲子園を目指せるんだ。


 ――俺が、みっちを甲子園へ連れていく。思い出と共に。

 誰が何と言おうと、それが俺の、俺だけの生き様だ。


 今、目の前にいるのは、高橋遙人たかはしはると

 朝練だけキャッチャーをやってくれる、恋のライバル。最近は、友と呼ぶべきか、まだ葛藤もあるが……まあ、悪い奴じゃない。


 今年のチームは、守備も攻撃もバランスがいい。甲子園を狙えるだけの力が、確かにある。


 ――だから、必ず行く。

 俺が推薦を断った、あの強豪校もすべて倒して、甲子園へ。


 心の相棒と、一緒にな。

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