第18話 逆転甲子園への道④

 野球部に高橋遙人たかはしはるとが加わってから、数週間が過ぎた。

 当初はマネージャーだったが、高坂こうさか監督は選手層を厚くするという方針のもと、遙人はるとを控え捕手として登録し、レギュラー争いに加えることを提案した。

 それから、遙人はるとの野球漬けの日々が始まった。


「行くぞ、高橋たかはし! ノック50本! いけるか!」

「いけます!」

「少しでも体調が悪くなったら、すぐに言うんだぞ!」

「了解です!」

「さあ、来い!」


 遙人はるとの瞳は、中学時代に白球を追っていた頃の、鋭い光を取り戻していた。

 高坂こうさか監督は、二度の練習試合の結果を客観的に判断し、正捕手を山田から高橋遙人たかはしはるとへと交代させることを決めた。


「……こんな短期間で、すごい成長だな。それに、お前のその手、マメが潰れて血だらけじゃねえか」

 練習後、大江おおえが、視線を少し横に流しながら、ぶっきらぼうに言った。


「山田先輩には、本当に申し訳ないと思ってる。だから、中途半端なことはできないんだ」

「……遙人はるとは、優しいな」

「そんなことないよ」

「俺の“みっち”の話も、いつも、ただ黙って聞いてくれるしな」

「……いつでも、聞くよ」

「言いたくなった時に、また言う」

「わかった」


 少しの沈黙の後、大江おおえは、意を決したように口を開いた。


「それと――俺、けじめをつける。沢村さわむら愛美めぐみに、告白しようと思う。……いいか?」

「…………いいよ」

「はっきり言って、勝算はゼロに近い」

「そんなことは……。いや、……複雑だな」

沢村さわむらさんは、遙人はるとと同じで優しいから、きっと、断り方も優しいと思う。……これに関しては、俺の負けだ」

「恋愛に、勝ち負けなんてないよ。最終的に、愛美めぐみさんが決めることだ。……でも、この件が終わったら、甲子園に、全力で集中しようぜ」

「そうだな。……相棒」


 その言葉に、遙人はるとは目を閉じ、懸命に涙をこらえた。それは、同情の涙ではない。友の覚悟と、自分を「相棒」と呼んでくれたことが、ただ、嬉しかったからだ。


「……よろしくな、相棒!」


 遙人はるとがそう返した瞬間、大江おおえの口元が、ふっと緩んだ。彼の目頭もまた、熱くなっているのが分かった。


 夕日が差し込む校舎裏で、大江おおえ愛美めぐみに声をかけた。


沢村さわむらさん。いきなりごめん。少しだけ、時間いいですか?」

「はい」

「……初めて出会った、その日から、ずっと、沢村愛美さわむらめぐみさんのことが好きでした。――大好きです」


 彼の、まっすぐな告白。愛美めぐみは、うつむきながら、それでもはっきりと答えた。


「ん……。お気持ちは、すごく嬉しいです。でも……」

「……遙人はるとのことが、好き?」

「……はい。私は、遙人はるとさんのことが……す、好きです」


「そっか。……もし、遙人はるとがいなけりゃ、なんて、言わないよ。……やっぱ、振られたか」

 大江おおえは、寂しそうに、でも、どこかスッキリしたように笑った。


「……後悔は――」

 愛美めぐみは、下唇をきゅっと噛んでいる。その言葉の続きを、大江おおえが、優しい声で引き取った。


「――したくない」


 大江おおえは、愛美めぐみに向かって、深く頭を下げた。

「あの時、あんたがその言葉をかけてくれたおかげで、今、俺は、甲子園を目指せてるんだ。沢村さわむらさん、本当に、ありがとう」


大江おおえさん……ごめんなさい。私、遙人はるとさんのことが、好きです。この胸が、苦しくなるくらい、好きなの。……こんなこと、言う資格ないかもしれないけど、でも、大江おおえさんが一生懸命に投げている姿を、しっかり目に焼き付けて、スタンドで応援させてください。声が、枯れるまで、応援します!」


「……本当に、あんたを好きになってよかった。この告白も、好きになったことも、俺は、一切後悔してない。……これからは、遙人はると沢村さわむら愛美めぐみのこと、応援するよ。遙人はるとは、俺にとって、大切な親友だからさ」


 その言葉に、愛美めぐみの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

 振り絞るような声で、「……ありがとう、ございます」と、彼女は伝えた。


「じゃあ、恋人じゃなくて、友達でいいかな?」


「……こんな私でよければ、こちらこそ、友達に、なってください……!」


「ありがとう」――大江おおえは、一点の曇りもない、清々しい笑顔で言った。


「……ありがとうございます」

 涙の跡が残る愛美めぐみの顔にも、優しい微笑みが浮かんでいた。



――――――



沢村愛美 大江拓哉 高橋遙人 甲子園の道編 NEW画像更新


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