第15話 逆転甲子園への道①

――北川博敏の代打逆転サヨナラ満塁優勝決定本塁打。


それは、プロ野球史に刻まれる、あまりにも劇的な一撃だった。近鉄バファローズに12年ぶりのリーグ優勝をもたらした、NPB史上唯一の「お釣りなし・優勝決定・代打逆転サヨナラ満塁ホームラン」。


 高校球児は、なぜ甲子園を目指すのだろうか?


 「高校野球最高レベルの、最高の舞台で、野球がしたい」


 その想いは、いつだって、ただ純粋だ。


 今、マウンド上で150km/hを超える速球を投げているのは、大江拓哉おおえたくや(17歳)。南浦部第一高等学校の二年生。背番号は、エースナンバーの「1」。

 南浦部第一は、これまで一度も甲子園に出場したことがない、無名の公立高校だ。


 ――なぜ大江拓哉おおえたくやは、そんな学校にいるのか?


 その理由は、彼が一度、「野球を辞めた」からだった。

 話は、彼が明暦中学校にいた頃にさかのぼる。


「今日もたっくん(大江拓哉おおえたくや)、ナイピ!」


「みっち(三浦直也みうらなおや)のリードがいいからだよ」


「このまま、一緒の高校に行って、甲子園を目指そうぜ!」


 キャッチャーマスクを外した三浦みうらが、満面の笑みをこぼす。


「当たり前のこと言うなよ。みっちの他に、俺のボールを捕れるやつなんて、いるわけないだろ」


「へへっ、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか、相棒!」


「“相棒”って、モン〇ンの受付嬢みたいで、ちょっと恥ずかしいんだけど」


「たっくんって、昔からそういうとこあるよな。女子を意識しすぎだって」


「うっせーよ。別に、意識してねえし」


「小学校からバッテリー組んでるけど、たっくんの恋バナって、マジで聞いたことねえな」


「……高校で見つけてやるよ。優しくて、可愛い女子。そしたら、ちゃんとお前の前に連れてきて、『俺の彼女だ』って紹介してやるぜ」


「ははっ、甲子園出場より、そっちの方が楽しみかもな」


「俺たちがバッテリーを組んでる限り、甲子園なんて余裕だろ。なんなら、優勝もしようぜ、みっち」


「おうよ!」


 二人は、青空の下、なごやかにグータッチを交わした。


 全日本少年軟式野球大会・神奈川県予選、決勝。

 対戦相手は、強豪・東郷中学校。


 五回裏、0対0。ツーアウト、ランナーなし。

 緊迫した投手戦が続く中、明暦中の攻撃。バッターボックスには、三番・三浦直也みうらなおやが「ふぅ」と一息ついて、ゆっくりと入る。

 相手ピッチャーの黒田は、疲れが見え始め、球速が落ちてきている。変化球、特にカーブを多投していた。

(……狙うは、初球のカーブ)

 初球、黒田が投げたのは、やはりカーブだった。

 三浦みうらの読みは的中。球に逆らわず、コンパクトに振り抜いた打球は、右中間を深々と破るツーベースヒットとなった。塁上で、三浦みうらが力強くガッツポーズを見せる。

 そして、バッターは四番・大江拓哉おおえたくや


 大江おおえは、二塁上の三浦みうらに向かって、初球狙いのサインを送る。右拳で、とん、と左胸を叩くジェスチャー。それに、三浦みうらが軽くうなずき返す。

(予想は、インコースのストレート)

 変化球を逆方向に打たれた直後だ。外角へのストレートは考えにくい。黒田は、自信のあったカーブを打たれ、動揺しているはず。

(つまり、残るはインコースのストレート。それも、ストライクが欲しいこの場面、ど真ん中に近い、甘い球が来る)

 大江おおえは脇を締め、腰の回転を強く意識して、バットを振り抜いた。

 心地よい打球の感触が、手に伝わる。

 白球は、まっさらな青空に吸い込まれるような放物線を描き、外野フェンスを遥かに越える、特大のツーランホームランとなった。


 だが、試合はまだ終わらない。


 七回表、最終回。スコアは、東郷とうごう1-明暦めいれき2。

 ワンアウトを取った後、東郷中の粘り強い攻撃で、ツーアウトながら、満塁の大ピンチを迎えていた。

 大江おおえのストレートは、疲労から、平均120km/h台から105km/h台にまで落ちている。

 キャッチャーの三浦みうらがタイムを取り、マウンド上の大江おおえに駆け寄った。


「……たっくん。あの球、使おうぜ。全球、フォークボールだ」


 三浦みうらの瞳は、まっすぐに大江おおえを見つめている。


「……ああ。俺は、みっちを信じる。そして、自分自身も」


 大江おおえもまた、力強い眼差しで頷き返した。

 三浦みうらはキャッチャーマスクをかぶり直し、ミットを、ど真ん中に構えた。

 バッターボックスには、四番・黒田が入る。


 一球目、フォーク。ストライクゾーンに決まり、黒田は見逃し。

 ノーボール・ワンストライク。


 二球目、さらに鋭く落ちるフォーク。黒田のバットが空を切る。

 ノーボール・ツーストライク。


(……こいつ、二球ともフォークだと? 今まで一度も投げてこなかった球種を、この土壇場で。……三球目も来るか? いや、ここでストレートを挟んでくるはずだ。フォークの連投で、暴投すれば同点……。狙うは、外角のストレート。俺は、ここで決める!)


 三浦みうらは、わざとサイン交換に時間をかける。相手に「ストレート」を、より強く意識させるために。


 そして、三球目――。

 ミットは外角低め。投げ込まれたのは、またしても、フォーク。

 黒田の目から、ボールが、消えた。

 バットが、むなしく空を斬る。


 ――ゲームセット!


 その瞬間、マウンド上に明暦中の選手たちが駆け寄り、歓喜の輪ができた。

 誰もが抱き合い、叫び、勝利の喜びを分かち合っていた。

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