気まぐれ貴族が、貧民街の代表に寄付したら

Zamta_Dall_yegna

気まぐれ貴族が、貧民街の代表に寄付したら

 ある日のこと、貴族街には一人の領主様が住んでいた。彼のいる街は北国の南側で、冬は雪で町が埋もれる程降り注ぐ場所だった。食物も中々収穫できず、出来たとしても貴族に全て持っていかれる程、貧富の差が大きかった。


 領主様は貴族街にある高台から街を見下ろした。北に貧民街、南に貴族街があり、今日も人々は平和に暮らしている。特に変わったことがないことを確認すると、領主様は高台から降りて、趣味の曲作りのために家に帰った。


 街が夕焼けで橙色の輝きを放つと、曲作りがある程度終わった領主様はまた高台に向かった。この時間になると火事やら悪党が出るやらで騒がしくなるのだ。領主様がザっと街を見通すと、貴族街は静まり返っていた。一方で、貧民街の方は収穫に勤しんでおり忙しそうだ。その中でも皆を先導している者が、汗水たらして走り回っているのが見える。領主様はふと、彼に金を与えようかと考えた。


 貧民街は真っ暗だった。夜の帳が下りたために、街灯などないそこには明かりが灯ることなどないのだ。木の板の先から寝息が合唱しているのを聞くのみだった。貧民街に暮らす青年、ガカクは暗闇の中一人で家に向かって歩いていた。すると、彼の元に後ろから人が駆け寄ってくる音が聞こえてきた。彼が振り返ると、そこには貴族街から来たと思われる煌びやかな恰好をした男が一人立っていた。

 「こんばんは。私は領主様の使いです。お主が貧民街のガカク様でいらっしゃいますか」

 「確かに俺はガカクだ。でも、貧民街って言い方は好きじゃねぇな」

 ガカクはまだ若く、自分の立ち位置などよりも自分の感情を優先する男だった。領主様の使いはそれを分かっていたのか「すみませんな」とだけ言って流した。

 「で、要件なんですがね。これをお渡ししに来ました」

 彼は懐から、白い封筒を取り出すとガカクの前に差し出した。ガカクは戸惑いつつも、それを受け取った。中には札束が入っていた。

 「なんだこれは。どうして俺に」

 「さぁ、知りませぬ。取りあえず要件は以上です。それは『皆に渡すなり、施設に使うなり好きにせよ』とのことです。ちゃんと伝えましたからね」

 言い終わるなり、領主様の使いは貴族街の方へと消えていった。


 ガカクはいきなり舞い込んできた幸運に喜びを感じていた。ガカクには夢があった。それは貧民街を抜けて貴族街に行くことだったのだ。


 翌朝、ガカクは早速貰った金銭で貴族街の家を買った。そして、少しばかり贅沢品を買った。それを目撃していた他の町民は大変驚いた。

 「ガカク、お前さんその大金はどこから得たんだ?」

 「ちょっとな。お偉いさんからの慈悲ってやつだ」

 「だったら今度、酒奢ってくれよ!」

 「俺も俺も!」

気づけばガカクの周りには人だかりができていた。こんな人数に奢っていたら引っ越した後の金が尽きるのは目に見えていた。ガカクは苦笑いした。

 「悪いけどそいつは出来ねぇ相談だな」

 彼がそう言って去ろうとすると、人々から腕やら脚やらを引っ張られて引き留められる。

 「お前ばかりずるいじゃないか!俺達だって頑張ってるのに不公平だ!」

 「そうだ。そんだけあんだったら少しくらい分けてくれてもいいじゃねーか!」

 ガカクはだんだん怒りが湧いてきて、ついに怒鳴りつけた。

 「うるせぇ!俺の金なんだから、どう使ったっていいじゃねぇか!」

 周りが静まり返ると、ガカクは急いでその場を去った。


 貴族街では、お洒落な街灯やら舗装された道路を馬車が駆け巡り、ガカクにとっては異国のような場所だった。彼は買った家まで着くと、持っていた私物を飾り始めた。外は貧民街のような活気もなく、夜も静かだった。少し息苦しい環境だが時期に慣れる、と思いガカクは眠りについた。


 ところで、貴族には貴族のしきたりがある。ガカクはそのことを知らないので、沢山過ちを犯した。他の貴族は彼を軽蔑し、仲間はずれにした。他にも、成金同然に金を湯水のように使って貯金がほぼ尽きてしまっていた。たった数日で彼は貧乏人に逆戻りしたのだ。


 日がすっかり山に隠れた頃、ガカクは領主様の屋敷へ行って扉を叩いた。扉を開けた領主様の召使いは眉をひそめてガカクを見つめた。彼の格好は黄ばんだ白かった服に、ところどころ切れているズボンと貧民同然だったのだ。

 「俺はガカクだ。お願いがある。領主様に会わせてくれ」

 召使いは、外聞を気にしてガカクを中に入れた。客間に案内してから、少し考えて返事をした。

 「少々お待ちください」

 召使いは、そう言うと領主様のいる書斎まで足を運んだ。


 書斎ではカリカリと羽ペンを動かす音と紙をめくる音が鳴り響いていた。領主様は一息つこうと、椅子の背もたれに寄りかかった。すると、彼の元に扉を軽くノックする音が聞こえてきた。

 「誰だ」

 「私です、領主様。お客人がお見えになっております」

 「今、行こう」

 領主様は重たい腰を上げて扉を開けた。


 領主様が客間へ向かうと、そこには菓子の食べかすが皿に散らばっていた。他にも、飲み終わった後のガラスが横になっていた。ガカクはそれを気にせず、領主様が来るなり笑顔になった。

 「初めまして。領主様。ガカクと申します。お願いがあってきました」

 「帰ってくれ。ここは君の家ではない」

 領主様はそれだけ言って、彼を家から追い出した。扉を閉じた後、領主様は深くため息をついた。そして、ガカクの行動に人間の浅ましさを感じていた。


 残されたガラスの中に映りこんだ蝋燭の灯りが、ユラユラと揺らめいていた。貴族街の夜はほのかな光に照らされて、今日も変わらず静寂に満ちていた。

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