ア・リライアブル・パートナー・キャン・フライ 後編
ターナー牧場から西にデミ・七キロの地点にある渓谷ホロウミヤ。その谷の底は深く、地面が見えないほどである。この谷の存在により、かつてホロウミヤをはさんだ東西ではほとんど交流が行われなかった。谷を行き来する手段は空飛ぶ箒や空飛ぶ絨毯などの飛行特化の使い魔に乗るくらいである。
だが、それは百何十年か前の話。ホロウミヤ・ブリッジが出来てからは、人々は使い魔無しで谷を移動できるようになり、人々の交流が盛んにおこなわれるようになった。
しかし、ホロウミヤに住み着いた魔人†クレーター†により、谷をはさんだ東西の交流は百何十年か前に戻ろうとしていた。
交流断絶を引き起こしたその張本人たる、魔人クレーターはホロウミヤ・ブリッジを眼下に拝める絶壁上にハーケンを打ち、ハンモックをぶら下げ暮らしていた。いついかなる時人が来た場合でも対応するためである。彼は現在、ハンモックに腰掛け、ピンバッジをコイントスめいてもてあそんでいる。
そのピンバッジに描かれているのは“火掛け坩堝の悪印”。
ギルドに所属する魔人達は血と殺戮を求める傾向にある。クレーターも当然ながら、その例に漏れない。
その証拠に、クレーターはホロウミヤ交流断絶事件に対して罪悪感を感じるどころか楽しんでさえいる。ギルドのピンバッジをもてあそぶクレーターの口は醜くゆがんでいた。殺しを思い出しているのだ。
彼の殺しの手法は実に簡単なものだった。ホロウミヤ・ブリッジを歩く人をさらい、谷の底へ突き落す。それだけである。落ちていく人間達の悲鳴を聞き彼らを見下すのがクレータは大好きなのだ。
だが、最近彼は工夫を加え始めている。落下と同じ速度で急降下し、絶望する人間の顔を眺めるのだ。共に落下していくと、必ず人間はクレーターに助けを求める。それを隣で飛ぶ彼は断る。すると、人間は発狂し、より助けを求めるのだ。これをクレーターはランデヴー・トーチャリングと呼んでいる。
クレーターが思い返しているのは、ランデヴー・トーチャリングを初めて行った時の光景だった。
「あの時の顔と叫び、最高だったなァ」
つぶやくとともに、彼はピンバッジをもてあそぶのをやめた。更なる落下拷問法を思いついたのだ。
「助ければいいじゃないか」
ランデヴー・トーチャリングの途中、落下する人間は必ず助けを求める。それを実際に助けてやろうというのだ。しかし、向こう岸に送ってやることはしない。橋の高さまで持ち上げて、安心させてからまた落とす。その一連の流れをクレーターが満足するまで続けた後、最後に落として殺す。
それが、今クレーターが思いついた新しい落下拷問法だ。
「ただ落とすだけの拷問はランデヴー・トーチャリングだから……」
クレーターは指を顎に当てて考える。落下中は大声で怒鳴るが、クレーターが救い出すと人間は感謝をする。クレーターが残酷な魔人だということを忘れて。
「痴話喧嘩後の仲直りに例えられるか。そして、大抵のカップルは痴話喧嘩を乗り越えるものだ。――よし、名前はラヴァーズ・トーチャリングだ!」
クレーターはホロウミヤ・ブリッジを見下ろし笑う。
「早く、やってみたいぜ」
彼の希望に呼応するようにホロウミヤ・ブリッジの手前に人影が現れた。
フード付きのポンチョを被った子供だ。ミルク缶を四本携えてる。子供は橋を渡る前にきょろきょろと周囲を見渡す。安全確認のためだ。
「そんなこと無駄なのになァ、ケヒヒ!」
クレーターの笑い声に気付かない子供は手すりに隠れるようにしゃがみながら橋に踏み込んだ。
それを確認した後、クレーターはハンモックから飛び降りる。
「マジカル・チェンジ†クレーター†」
彼の腕はマジカル・パワー・ウィングとなり、足には鋭いマジカル・パワー・鉤爪。彼はマジカル・パワー・ウィングを二、三度はばたかせ、急降下! そのまま子供をつかみ取ろうという作戦だ。
子供との距離がグングン詰まり、あとデミ・五メートル。子供の身柄をキャッチまであとコンマ・三秒。彼が笑みを浮かべた瞬間だった!
フードの下の子供の眼がクレーターの視線をとらえた。
子供は言った。
「かかりましたね」
クレーターの全身に怖気が走るが遅かった。子供は手に持ったミルク缶の束をフルスイング! クレーターの視界はぐるぐると回る。ミルク缶の束が頭に当たり、脳が揺れているのだ。その溶けそうな視界の中、クレーターは橋を見た。子供が彼走り幅跳びめいて飛び出すのがかろうじて確認できた。
そして、その方向がクレーターに向かっていることも。子供は空中で叫んだ。
「マジカル・チェンジ†アステリズム†」
そう、クレーターが襲った子供とは、セイコの事だったのだ。
†
「マジカル・チェンジ†アステリズム†」
橋をジャンプで飛び出したセイコは叫ぶ。空中のセイコはマジカル・パワーに包まれ、魔人へと変身! 長い髪が、腰の巨大な蛾めいたリボンが、スカートのフリルが空気抵抗に揺れる。
そんな中、アステリズムは大量にシャイニング・マジカル・パワー・パーティクルを空中に拡散。これにより、彼女の身体能力が強化される。従って、彼女が構えている拳は彼女の目線の先にいる敵の身体を貫通させる威力を持つだろう。
その拳の餌食になろうとしている空飛ぶ魔人クレーターは、先ほど彼女がミルク缶のフルスイングでぶっ飛ばした際、脳震盪を負ったため空中で必死にもがいている。隙だらけだ。
だが、アステリズムの拳がクレーターに触れるかと思われたその時、クレーターの意識は回復した。
彼はマジカル・パワー・ウィングを羽ばたかせ、アステリズムの拳の射程圏内から離脱。彼女の拳は宙を切る。そのまま、アステリズムは飛び出した勢いのまま放物線を描き、落ちていく。
「ははは! 翼もないのにこの俺に挑みやがった罰だ! このまま遥か下まで落下して粉みじんになりやがれ!」
背後からのクレーターの声だ。しかし、アステリズムは冷静にシャイニング・マジカル・パワー・パーティクルを放出する。マジカル・パワーにより増強した足の力で、アステリズムは谷の壁面を三角跳びめいてキック! 猛スピードで飛び出した先には、クレーター! 先ほどより強い勢いで拳をお見舞いする!
「セイヤーッ!」
「アブねェ!」
間一髪でクレーターは躱す。飛べないアステリズムは放物線を描いて逆方向へ落下していく。
「なんだこのガキ、無茶苦茶だぜ」
だが、まだアステリズムの攻撃は終わらない。反対側の谷の壁面をまたもや三角跳びめいてキック! もちろん、インパクトの瞬間には彼女の周囲に光の粒子が舞っている。
アステリズムは、またしても猛スピードでクレーターの元へ飛びついた。
「セイヤーッ!」
先ほどよりも速い速度! だが――。
「舐めるなよ!」
クレーターも魔人。跳んでくるスピードが早かろうと、軌道が読めているのなら回避は容易。彼は今度は余裕を持って躱し、なんと、カッ跳ぶアステリズムの背後に張り付いて飛行。そのまま、彼女の肩を足の鉤爪でがっちりとつかんだ。彼女の肩から血が噴き出す。
「きゃあ!」
「同じ攻撃が二度通用するわけないだろうが、このクソガキ!」
クレーターは唾を飛ばしながら、急上昇。
アステリズムはもがくが、クレーターの鉤爪は彼女の肩をがっちりつかんで離さない。彼女の額と頬に汗が浮かんだ頃、クレーターは上昇速度を緩め、止まった。ホロウミヤ・ブリッジはデミ・コムギの粒めいて小さく、ホロウミヤの谷底の暗黒はまるで一本の線のようである。
「泣き叫んで許しを請え。クソガキ!」
クレーターはアステリズムの肩から鉤爪を外した。
「マジカル・スキル†ラヴァーズ・トーチャリング†」
おお、これは、先ほどクレーターが考えついた拷問技! 果たしてアステリズムは延々と落下死の恐怖を味あわされる羽目になるのか?
いや、そうはならない! なるはずがない!
「セイヤーッ!」
鉤爪を離された瞬間、アステリズムはクレーターの足首を思いっきりつかんだ。その握力により、クレーターは悶える。
「グッ!?」
その瞬間、彼女は懸垂ジャンプし、クレーターの背中に跳びついた!
彼女は足をクレーターの身体にまわし、自身の身体をがっちり固定! 開いた手でクレーターの腕の付け根、すなわちマジカル・パワー・ウィングをつかむ。
「おい、何をする気だ! やめろ!」
だが、アステリズムは邪悪な魔人の言うことは聞かない。代わりに握る力を強めていく。
同時に、彼女の肩の傷口から大量のシャイニング・マジカル・パワーがあふれ出す。
ピピピピピピピピピピピピピピピピン!
甲高い音と共に、アステリズムの血がマジカル・パワーの光の粒子に変化していく。クレーターの周囲が光り輝くマジカル・パワーの粒子で満ちたその時、アステリズムは叫んだ!
「セイヤーッ!」
アステリズムはクレーターの両腕、すなわちマジカル・パワー・ウィングを引きちぎった!
「ぎゃああああああああああ!」
間欠泉めいてクレーターの両腕からあふれる血液。それは、クレーターが飛行能力を失ったことを示唆している。二人は落下し始めた。
ホロウミヤ・ブリッジがデミ・コムギめいて小さく見える高さから、そのさらに下のホロウミヤの谷底へむかって!
アステリズムは足をクレーターの身体から外し、ついでに、下方に向かってクレーターをぶん殴る。魔人の落下スピードはさらに上昇。
しかし、パンチの衝撃により、正気を取り戻したクレーターは空中で向きを変え、アステリズムを向く。
「やってくれたな、クソガキ!」
彼の目は真っ赤に充血していたが、口元は笑っている。
「だが、この高さから落ちれば魔人でも死は避けられん。俺とお前は一緒に地獄行だ! ハハハハハハハ!」
アステリズムの眼は落下中にあっても恐怖で歪みはしない!
「いいえ! 地獄へ行くのはアナタだけです!」
「何ィ?」
「私はアナタみたいな邪悪な魔人を殺し続けるために、生き続ける必要があるのです! ――セイヤーッ!」
アステリズムは再度シャイニング・マジカル・パワー・パーティクルを放出。
彼女の落下に伴って光るマジカル・パワーの粒子は尾を引いて拡散されていく。だが、いくらシャイニング・マジカル・パワー・パーティクルが彼女の肉体を強化するとは言っても、この高度からの落下に耐えるほどの肉体パワーアップ効果が期待できるわけではない。
「ハハハハハ! そんなことしても、お前は死ぬ! あきらめろ!」
落下する二人は、ホロウミヤ・ブリッジの脇を通過! だが、それでもアステリズムは光の粒子を放出し続ける!
「いいえ、あきらめません! 私は信じていますから!」
信じている? 何を? 己のマジカル・パワーをか? いや、違う。彼女が信じているのは相棒だ! そして、それはやってきた!
「セイコ! 待ってて!」
落下する二人の斜め上から叫び声。その声の主は
すさまじいスピードで急降下した箒はついにアステリズムに追いつく! 使い魔はアステリズムの隣で叫んだ。
「捕まって!」
「ええ!」
アステリズムはがっちりと箒をつかむ! 彼女は、箒にまたがりながら、下を見た。そこには絶望で顔をゆがめたクレーターの姿が。
クレーターは自分だけが死んでしまうという事実に直面してしまったのだ。
「そんな! お前だけずるいぞ! お前だけ助かるなんて!」
クレーターは叫ぶ。今まで彼に落とされた罪のない人間たちが叫んだ言葉と同じ言葉を。
「助けてくれーッ!」
同時に彼女の耳には別の叫びが届いた。空飛ぶ箒の叫びであった。
「しっかり捕まっててね、セイコ!」
「ええ!」
アステリズムは箒の柄をギュッと握る。邪悪な魔人の肉体ではない。彼女が返事をしたのは相棒の叫びだったのだ。クレーターは叫びながら奈落へ落ちていく。
一方の使い魔は飛行する角度を変更し、徐々に、水平へと戻していく。急降下の勢いを分散し終えた時、遥か下の暗黒から、衝突音が谷に響いた。
「どうする? 下まで見に行く?」
空中で静止した箒がアステリズムに質問したその時、二人の横を抜け殻となったクレーターの魂が上昇していった。
魔人が死ぬと、魔人の魂は暗黒物質天蓋の中へと帰っていくのだ。それを知っているアステリズムは相棒を見てにっこりと笑った。
「それより、ホロウミヤに住み着いた魔人が死んだことを周りに伝えに行きましょう」
「その前に、まずアンをご両親と合わせないとね」
「ええ」
アステリズムの返事と共に、箒は上昇を始めた。通れるようになったホロウミヤ・ブリッジにむかって。
ア・リライアブル・パートナー・キャン・フライ おしまい
マジカル・パワー・プリンセス・セイコ だいちげんき@マジカル・パワー・プリンセ @karagennki
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