3
ルイが振り向くと、少女は興味を失くしたのか、受付へ行って依頼の報告をしているようだった。
普段ならそのまま注意して帰るが、きっとこの少女が今回パーティーメンバーとして紹介された彼女だろう。
ルイは真面目で、一度請け負った依頼はしっかりこなす責任感もある性格だ。
本意ではないが同じ依頼を任されたのだ。
きっと拒絶されるだろうけれど、仕事は仕事。
ルイにも受けた責任がある。
受付から離れた少女を見て、近づいて声をかけた。
「初めまして。僕はルイ・オルマー。さっきの、わざわざ酔っ払いを煽るようなこと言ったでしょ。ああいう質の悪いのには構わない方がいいよ」
ルイが自己紹介するも、彼女は目もくれずすれ違った。
「ちょ、ちょっと待って。君、聖女なんだよね?」
そこまで言うと、少女の足が止まった。
フードを被った顔がルイの顔を見上げて、あの危なげな光を持つ瞳があらわになる。
しばらく無言で見つめられ、居心地悪くなったルイはもう一度話しかけた。
「え、えーっと……。聖女、様じゃなかった?」
ルイの顔をじっと見ていた少女は、そこでやっと口を開いた。
「聖女って呼ばれてはいる。さっきの、私に話しかけてたの?」
「君以外にいないでしょ」
突っ込みながらも、意外と話してくれそうだと胸を撫でおろした。
「さっきの。相手をわざと煽るのは危ないよ」
「あんな雑魚には負けないけど」
「雑魚って……」
「あなたが警備隊を呼んでなかったら、私が斬っていたのに」
「斬って!?剣で斬るってこと!?」
「それ以外にある?」
「さすがにそれはだめだよ?」
「何で?正当防衛なのに」
「えー……?いや、だめだよ。ギルドにも迷惑だし」
「あいつらの方がよっぽど迷惑だと思うけど」
「それはそうだね」
この少女、口が回る。
(無視されたっていう噂があるけど、意外としゃべるのか?)
「君、名前は?」
「……何で?」
「さっき僕は名乗っただろう?君は?」
「…………」
「名前、聖女じゃないでしょう?」
「…………橘、絵里奈」
よっぽど名乗るのが嫌だったのだろうか。
声のトーンが少し下がった。
「タチバナ・エリナ?」
「エリナが名前」
「エリナね。タチバナって家名なの?」
「……まあ、そんな感じ」
(そんな感じ?)
ルイはオルマー子爵家の次男で、貴族の家名はだいたい覚えているけど、タチバナという家名は聞いたことがない。
もしかしたら、エリナは外国出身なのかもしれない。
「そっか。あ、そうだ。僕、次の魔物討伐依頼、エリナのパーティーに入ることになったから、よろしく――」
「必要ない」
急にエリナの声が低くなった。
目線も鋭くなり、一気に空気がピリピリする。
「さっき受付で依頼内容は聞いたでしょ?単独では、この依頼は危険だよ」
「足手まといはいらない。一人で行くから、辞退して」
彼女の言葉に、ルイの眉がわずかに跳ねた。
「僕も依頼を受けたんだ。辞退はしない。それに、受付の人が魔物の出現数が多いって――」
「問題ない」
一見、自信があるような言葉だが、その瞳を見るに自信ではなく、強い、しかし危ないほどの覚悟があるように思えた。
まるで、戦いで命を落としてもかまわないというかのように。
その時、後ろからその様子を見ていた冒険者が不満げに会話に入ってきた。
「ちっ……結局またソロかよ。英雄気取りだかなんだか知らないが、聖女様ってのは神聖で優しいんじゃなかったのか?」
「剣使うみたいだし、本当は聖女ってのは嘘なんじゃねーの?」
「ってか、協力しようとしない奴がいると迷惑だからこっちからパーティーは願い下げだな」
近づいてきた3人の冒険者はルイ同様、受付で紹介されたメンバーだろう。
3人に不満を言われても、エリナは一言も言い返さなかった。
ただ、感情のない目を向け、扉へ向かって歩き出してしまう。
「はっ。俺たちとは話したくもねーってか」
冒険者の3人は端から依頼に行く気がなかったようで、酒を片手にテーブルに戻っていった。
ルイは気が付けば、ギルドの扉から出て行った背中を追っていた。
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