2

冒険者が集う王都の端にある居酒屋兼ギルド本部。

王都に剣を使う異端の聖女がいる。

それがギルドに伝わった最初の噂だった。


「魔物討伐の依頼を一人で受けている聖女がいるらしい」

「しかも剣を持って討伐するんだってな」

「剣!?聖女って、もっとこう……後衛で癒しとか、回復とかの役目だろ?何で剣を持ってるんだよ?」

「話しかけたら邪魔って言われたってよ!」


受付の片隅でルイはため息をついた。


(またその噂か……)


ギルドでは普通、魔物討伐はパーティーを組んで出発する。

最初から仲間がいれば、その仲間とパーティーで依頼を受ける者が多く、ルイのように一人で活動している者はギルド側からパーティーメンバーの紹介を受ける。

そして、今日は噂の異端の聖女を紹介されてしまった。

というのも、ギルドの受付のお姉さんが困っていたのだ。

彼女も一人で活動しているらしく、毎回討伐依頼の度にパーティーメンバーを紹介していたが、出発前にいざこざを起こして結局一人で魔物を討伐して帰ってくるらしい。

そしてついに、彼女に紹介する人材が尽きてしまったそうだ。

受付ではルイ君なら大丈夫かも、と何も根拠のないお言葉をもらったが、正直気が重い。

思わずため息をついたとき、ギルドの扉のベルが鳴って、一人の少女が入ってきた。

くすんだ白の外套に、艶やかで真っ黒な髪。

背は高くないが、立ち姿には隙がない。

腰には少女には似合わない剣を下げている。

一番ルイの目を引いたのは、フードから除く異様な光を持った瞳だった。


「お?おお!姉ちゃん!お前一人で行ってそのまま帰ってきたのかぁ!?仕事はちゃんとしないとだめだろうが!なあ!?」


酒を飲んでいたのだろう、足取りがフラフラしている男が少女に近づいた。

大きい声で捲し立て、仲間にも声をかけている。


(まったく。こういう輩がいるから、冒険者の評価が上がらないんだよなぁ)


ルイが眉をしかめている間にも、少女をぞろぞろと酔っ払いが囲い込む。


「だぁから俺たちを連れて行ったほうがいいって言ったんだ!!」

「なのにオメーは無視してパーティー契約を解約して!勝手にだ!」

「そうだ!それで、魔物を見て逃げてきたのかぁ!?」


周りの冒険者たちは興味深そうに、または迷惑そうに喧騒を見つめている。


「大体、聖女だっつってんのに、何で剣士の真似事なんかしてんだよ!?」

「本当だぜ!こんなガキにやりたい放題されて、こっちは傷ついたっつーのによ!」

「聖女なら、俺らの心の傷も癒してくれませんかねぇ!?」

「ハッ!そりゃいい!おい!こっち来い!」


最初に突っかかった男が少女に腕を伸ばした。


(これはまずい)


ルイが動くのと同時に、少女の口が開いた。


「一人で行って正解だったわ。あなたたち、五月蠅くて魔物と間違えて斬っちゃいそう」

「え」

「ああっ!?」


つい、動きを止めてしまった。

大きくはないのに、よく響く高すぎない声。

しかし、言われた意味を理解した男はさらに声を荒げた。


「なんだこのクソガキ!!大人に喧嘩売ってんのか!?」


男が少女の胸倉を掴もうとする。

しかし、その瞬間、少女が男の腕に向かって鞘に納めたままの剣を振り下げた。

バキッ

あまり良くなさそうな音がギルドに響く。


「っいってぇな!!!」


男が腕を抑えて一歩下がった。


「何すんだコラ!?」

「面かせやぁ!!」

「酒臭い手で触られたくなくて。つい」

「つい、だぁ!?」

「はい、そこまでにしてください」


ルイは少女と男たちの間に割って入った。

少女は無表情のままだったが、男は急に現れたルイに目を見開いた。


「なんだてめぇ!?先にガキが手を出してきたんだ!」

「なんか文句あんのか!?」

「本当に酒臭い」

「ああ!?」

「ちょっと、君も煽らないで。お兄さん達も、警備員がお迎えに来ていますよ」

「はあ!?」


男たちがドアの方を見ると、確かに王都の警備隊員の制服を着た何人かがこちらへ向かってきている。


「ちっ。おい、ずらかるぞ」


男たちは少女とルイを睨みつけながら帰っていった。

警備隊がそれを逃がすはずもなく、ドアの外でまた大きな声が聞こえていたが、すぐに静かになった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る