聖女様、死ぬのは禁止です!

清蘭 かごめ

第一章 剣を選んだ異端の聖女


風が吹いた。

林の中、静寂を切り裂く風の音に、彼女の黒く艶やかな髪が舞う。

その手には、17歳の女の子が持つには大きく、重い剣。


「出てきなさい、魔物。この“異端の聖女”が叩き切ってあげるわ」


澄んだ声が響く。

その瞳には冷えた炎が宿っている。

焼けつくような怒りでも、熱い正義でもなく、決意と呼ぶにはあまりにも無垢な、死に場所を探すような諦念。

林の前方に空間を切り裂くような唸り声と共に、黒い魔物が現れる。

牙のように尖った腕、溶けかけた皮膚のような体。

この世界の魔物はスライムや動物ではなく、人の形をしている。

恐ろしい見た目をしていて、人の形をしていることから、臆してしまう冒険者もいるようだ。

少女を食い殺そうと、次々に魔物が集まってくる。

恐怖を感じてしまいそうな状況だが、エリナは微動だにしなかった。

真っすぐ静かに、魔物を見つめている。

その瞳には恐怖も、自信も、何も映っていない。


「聖なる加護を……」


自分自身に強化魔法をかけ、杖の代わりに剣を構える。

それは本来、聖魔法を使う聖女がすべき所作ではなかった。

聖女は杖を用いて仲間に加護を与え、癒し、後方から守る者。

そして祈り、魔素を浄化する。

聖女自らが魔物と戦うなど、言語道断。

しかし、彼女は剣を選んだ。


「――これが、私の生きる意味だから」


疾風一閃。

魔物の腕が宙を舞った。

続けざまに繰り出される剣技はまるで舞のようだった。

エリナは音もなく、冷酷に、確実に、魔物の急所に剣を振るう。

絶命した魔物が切られた場所から浄化され消えていくのを、無表情で見つめる。

そして、最後の魔物の魔素が浄化されたのを見て、剣を鞘に納めた。

その表情からは何を考えているのか、測れない。

そのまま彼女は振り返り、来た道を歩き出した。



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