第44話 嵐の”後”の静けさの話
魔法少女を引退した。
心にぽっかりと穴が開き、昨日までとは違うグレイな世界が広がる毎日……になどなるはずもなく、現実は騒がしい。
まず大変だったのは、片山大吾への説明だ。遡ること十五年前――から始めなければならなかったのだから。納得した部分と、納得できない部分……は、主に現在進行形の”同居”についてだが……ありつつも、男三人でコソコソなにかを話し合いがもたれた結果、無事に承諾を得た。
なんとか全ての説明を終え、大吾を家に帰す。こんなにとんでもない事実を、よくもまぁ信じたものだと驚くが、大吾曰く「俺には妹がいるから、魔法少女に対する理解は早いぞ」とのことだった。
意味はよく分からない。
そしてアモール、ディーノ、凛音は同じ家へと帰った。遅い時間ではあったが、すでに用意されていた夕飯を三人で食べ、これまでのことなどを懐かしく思いながら、語り合った。まるで打ち上げのようなひと時。
あれだけの大仕事を終えたというのに、翌日は仕事なのだ。魔法少女休暇を作ってほしい、と考えるも、もうその必要はないのだと改めて胸に留めた。
布団に倒れ込み、速攻で睡魔に襲われ眠りにつく。
そして、夢を見た。
そこには幼い頃の自分がいて、膝を抱えている。また、姉と比べられ親に叱られたのだろう。「どうしてお姉ちゃんみたいにできないの?」は、凛音にとって呪いの言葉だ。
凛音は、そこにうずくまる小さな自分に、そっと声を掛けた。
「あなたはあなたよ。他の誰でもない。そこにいるだけで特別なの。だから泣かなくていい。我慢しなくていい。大丈夫だから」
凛音の声は、小さな自分には届かない。声は、いつだって未来に向けてしか向けられないものだから。それでも、幼い頃の自分を応援したかったし、認めてあげたかったのだ。
「私はやっと、私を取り戻した気がする……」
深い眠りの中、落ちてゆく感覚とは裏腹に、心は空を飛んだ。
*****
「あの……これは一体?」
翌日、眠い目をこすりつつ職場に着くと、途端に人事部の面々に囲まれた。
「だからっ、市原さんって新海さんと付き合ってるってことなんでしょ?」
「結局うまくいったってことなんですよね?」
「どうやって彼を落としたのよっ?」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、頭がついていかない。
「いや、付き合ってはいな……」
言い掛けるも、
「私、ちゃんとこの耳で聞いたわっ。市原さんは新海さんに『アモーレ』って言ってましたよね!」
「……あ、それはアモーレではなくぅ」
(アモール、だな)
「それにっ! 今朝同じ方向から同じ時間に出社してきてましたよねっ?」
「えええっ? まさか、もう一緒に暮らして……」
「嘘っ! いやっ!」
勝手に妄想して勝手にショックを受けているであろう女性たちを前に、凛音が一つずつ否定していく。
「あのですね、私と新海さんはお付き合いしてませんから。アモーレって言ったのではなく、あの時は『アモール』と」
「なによ、アモールって?」
「何語?」
「意味は?」
質問のテンポが速い。凛音は少し考え、
「い、今、新海さんと進めてる新規案件で使うかもしれない商品名です。聞き間違いですよ」
(我ながらナイスな返しだわ!)
内心、ほくそ笑む。
「でもっ、あの時二人はとっても親し気でっ」
情報源だった彼女が慌てたように、その時の様子を話し始める。
「新規案件がうまくいっているので、ちょっとはしゃいでただけです」
それっぽいことを言って煙に巻こうとする凛音。それに対し、どこまでも追及をやめない人事たち。
「同じ方向からの出社は、なんなのよっ! 新海さんと市原さん、自宅は逆方向のはずでしょうっ?」
プライバシーの侵害だ。個人情報漏洩だ。会社側にバレたらそこそこマズいことになる気がするのだが、わかっていないのだろうか。
「それに関しては、私が説明しましょう」
背後から現れたのは、新海亜門。
「新海さんっ」
おかしなことを口走ったらどうしようという凛音の心配を余所に、亜門は人事の三人に告げた。
「実は、大事にしたくないという市原さんの願いを聞き入れて報告を怠っていたのですが、市原さんの住んでいたマンションが火事になりまして」
「えっ?」
「火事?」
三人が驚く。ここまでは真実を告げているが、問題はこの先だ。
「今、彼女は親類の家に居候をしているのです。それがたまたま私と同じマンションなのですよ」
都合のいい話に変えている。偶然にしては出来過ぎている内容だ。
「ちなみに、私は弟と住んでいるんですよ?」
にっこり笑ってそう言った亜門に、人事たちの目が光る。
「弟さんっ?」
「新海さんって、弟さんがいるんですかぁっ?」
「え、弟さん見たい!」
亜門が駄目なら弟狙い……ということなのだろうか。肉食女子、恐ろしや、と思わず喉を鳴らす凛音。いや、それよりも、
「弟、って……?」
思わず口を挟んでしまう。
「ああ、血は繋がっていないのですが、毛色が違う、年の離れた弟がいるんですよ」
そう言って片目を瞑る。
「ぶっ」
思わず、吹いてしまう。ディーノを弟と表現するとは思わなかったのだ。
「新海さんの弟さんなら、きっと素敵な方なんでしょうね!」
「お仕事はなにをなさってるんですかぁ?」
早速探りを入れ始める人事たち。
「芸能界がどうとか……まだ駆け出しのようですが」
「きゃ~! すごーい!」
「会ってみたーい」
「素敵ですねぇぇ!」
完全に、ターゲットロックオン状態だ。人事たちの興味は、一瞬にして凛音のゴシップではなく、亜門の弟へと移った。
「市原さん、午後の会議の打ち合わせと新規案件の資料、いいかな?」
「あ、はいっ」
「では皆様、失礼」
亜門が会釈をし、お開きとなる。解放され、ホッと胸をなでおろす凛音に、亜門が、
「これでしばらくは、私の弟話で楽しんでいただけるでしょう」
と悪戯っぽく笑った。
「さすが、しごできは違いますね」
皮肉交じりに言うと、
「お褒めにあずかり、光栄です」
わざわざ歩みを止め、凛音に顔を近付ける亜門。整った顔立ちと切れ長の目は、改めて見ると確かにセクシーであり、亜門が男女、年齢問わずに好かれる理由がわかる。人当たりはいいし、仕事は一生懸命だし、親切だ。
「新海さんがどうしてモテるのか、やっと理解できた気がします」
「今更ですねぇ」
「あ、否定しないんですね」
「しませんよ」
そんなやり取りが自然で、おかしくて笑みがこぼれる。
「早く市原さんからも好かれたいものです」
「ばっ、ちょ、なに言ってるんですかっ」
辺りを見渡し、誰も聞いていないことを確かめる凛音。そんな凛音の慌てる姿を、亜門が優しく見つめていた。
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