第43話 決着の話
轟音と突風を浴び、大吾は腕で顔を庇った。凛音がどうなったのか、わからない。結界の消え去ったその向こう、少しずつ明らかになる光景に、目を凝らす。
「……市原さん!」
そこには、膝を突き、肩で息をする凛音の姿があった。
「ポニー・レイン!」
アモールと大吾が駆け寄る。ポニーは膝を突いたまま二人を見上げると、小さくブイサインを作り、ニカッと笑った。
「だいじょぶ、よ」
二人に両脇を抱えてもらい、立ち上がる。アビスゲイトの前、奇獣ラガンはその姿を一掃され、跡形もない。
「獣を操ってたあのぬいぐるみみたいなのはどうなったんだっ?」
大吾が不安げに辺りを見渡す。ポニーは前を見据え、
「大丈夫。そっちは私の相棒がなんとかするはずだから」
と呟いた。
視線の先にあるのは、マティの傍に立つ、ディーノの姿だった――。
*****
「なんでっ、なんでよ!」
地面を叩き、悔しそうに涙を流すマティ。
「私が負けるなんてっ、あんな、下等生物に!」
「マティ、その言葉、撤回しろよ」
傍らでマティを見下ろすディーノが、冷たい視線を落とす。
「だってっ、ディーノ様!」
「言っただろ? 俺はもう、コル・イラディアには戻らない。俺は、あいつに……ポニー・レイン=サンシャイン、市原凛音が好きなんだ。国からの使命を担ってここへ来て、十五年。俺はこの世界で色々なことを学んだ。この世界が好きだ。なにより、俺はあいつが好きだ」
「なんであんな、小娘にっ」
「マティ、来たばかりのお前には、あいつがどんな奴かわからないだろうけどな、一途で頑張り屋で優しくて強い。ポニー・レイン=サンシャインは、俺を照らしてくれる、光なんだよ」
照れくさそうに、だがしっかりとした言葉で、そう告げる。
「でもっ、でもディーノ様、あなたはコル・イラディアの次期国王になる方ではありませんか! 国を捨てて、こんな世界で生きるだなんてっ」
「その件も、もう解決してる。ちゃんと王位継承権は返上してきたんだ。弟に譲るよ。ふらふらしてる俺より、よっぽど向いてると思う」
「そんな……」
「マティには申し訳ないことをしたと思ってる。だけど、マティが好きだった俺は、次期国王である、王位継承権を持ってるディーノだろ?」
ディーノの言葉を聞き、マティがビクッと体を震わせる。
「俺はさ、ここではただのディーノなんだ。肩書もなにもない、なんの力もないただの俺だ。でも、それでいい。……それがいい」
「……なにもないのに?」
「ああそうだ。なにもないからいいんだ。俺はなんにでもなれる。誰かを好きになり、自分に正直になり、自分の力で、歩ける」
そう話すディーノの顔はとても穏やかで、力強かった。
「では、本当にコル・イラディアには……」
「戻らない。さよならだよ、マティ」
ポンと肩を叩く。
マティは頭を垂れると、ぽたぽたと涙を流した。
「自分の好きになった相手の幸せも祈れないようじゃ、その”好き”はただの独りよがりで、自分本位で身勝手な片思いでしかない……ですか」
自嘲気味に、笑う。そんなマティを見て、ディーノは曖昧に笑った。
(あいつ、俺のセリフ丸パクリしやがってっ)
「……わかりました。ディーノ様がそこまでおっしゃるのでしたら、私は」
「うん、元気でな、マティ」
差し出した手を、マティが握る。そのままディーノがマティの腕を引っ張り、立たせた。
いつの間にか二人の近くには、ポニー、アモール、大吾が佇み、二人を見つめている。
「……私、あんたのことなんて大嫌いだわっ」
マティがふわふわと浮かび、ポニーを睨みつける。
「だけどっ……だけどお願い。ディーノ様のこと……よろしくお願いいたします」
宙に浮いたまま、深々と頭を下げた。そんなマティの姿を見て、ポニーは胸に手を当て、答えた。
「ディーノは私にとって、大事な家族だわ。約束する。ちゃんと独り立ちできるように、これからは人間の私がディーノの力になるから」
「ポニー……」
ディーノがポニーを見上げ、目を潤ませた。
「……それにしても」
マティが傍らに立つアモールを見る。
「なんでハートブレーカーの王がこの場にのほほんと立ってるのです? いくら争う必要がなくなったとはいえ、長きに渡る争いを思えば、そう簡単に気持ちを切り替えられるものではないでしょうにっ?」
マティに詰められ、アモールが一瞬嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「本当にお前たちコル・イラディアの民は、攻撃的で自己中心主義な種族だな」
吐き捨てるように、言い放つ。
「誇り高き民だと言っていただきたいわねっ」
バチバチと視線をぶつけ合う二人を前に、ポニーが口を開ける。
「見た目だけじゃわからないものね……」
どう考えても、もふもふで可愛い見た目のコル・イラディアの民。弱く、守ってあげたくなるような容姿をしている彼らの方が、実際は気も強く、短気。それに引き換えアモールたちハートブレーカーは、成りはハードだが働き者で論理的なのだ。
「とにかくっ、私はもう帰るから。……ディーノ様、どうかお元気で」
「うん、マティもね」
しんみりとした空気の中、マティが魔法陣を描き、その中へと身を滑らせた。
これで、ポニー・レイン=サンシャインの、魔法少女としての活躍は、本当に終わりを告げたのである――。
「……で、なにがどうなってこの結果になったのか、一から全部説明してもらえるんだよね、市原さん?」
ポニーの肩に手を置き、大吾がシリアスな顔で訊ねてきた。
「あ~……」
チラ、とディーノとアモールの顔を見る。記憶を消すのなら、わざわざ説明する必要もないと思ったのだ。
「俺が戻らないことになったから、記憶を消すのは無理だぞ?」
ディーノが言った。アモールは肩を竦め、視線を外す。
つまり、大吾は凛音の秘密を知ったまま、ということになる。
そして説明責任は、どうやら凛音にあるようだった。
「うぇぇぇぇ。……てか、ディーノってば見た目だけじゃなく、本当に”王子様”だったわけ? 私、それも知らなかったんだけど!」
ここぞとばかり反撃するも、
「名ばかりの王子だよ。俺は人の上に立って政治をするなんて、向いてないしな」
と口を尖らせる。
「ちょっと市原さん、説明して!」
とにかく事情を知りたい片山が急かす。凛音が一瞬の間の後、言った。
「あ~、私が魔法少女で、ディーノが元王子で、新海さん改めアモールが暗黒の王です!」
簡潔にまとめた。
「説明、雑すぎるだろぉぉ!」
アビスゲートに、片山の声がこだました。
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