第42話 誰のために戦うのかの話
「凛音、なんで挑発するような真似をっ」
ディーノに言われ、凛音はふっと表情を和らげる。
「ディーノも私も、意味のないことに囚われすぎてたんだな、ってやっとわかったわ。だからさ、もう自由にならない?」
「……え?」
お互いに、正義のため・国のためと大義名分を掲げ、それが真実であるかのように錯覚し、思い込んだ。
「私、魔法少女になれたこと、後悔なんかしてない。少し依存しすぎたかなって思うところはあるけど、私は、私の中の正義を否定したくない。ディーノもそうでしょ?」
「凛音……」
「なんで戦ってたのか、忘れてた。私はずっと、誰かの役に立ちたかったんだ。私が私でいられる場所を……特別を求めてた。コル・イラディアの民が私を利用していたんだとしても、私も同じように魔法少女っていうものを利用して生きてた。ちゃんと自分で考えることもしないで、怠惰に生きてたのは私自身だわ」
胸に手を当てる。
「あの奇獣をすべて倒す。そして私は、間違った正義を捨てて自由になって、魔法少女をきちんと卒業する!」
そう、宣言する。
恋愛禁止であることに安心感を抱いていたのは自分自身だ。誰かを想うことは、痛みを伴う。勇気を要する。変化を恐れない強さが必要になる。それらすべてを放棄して、決まりだから仕方ないと諦めたふりをする。見て見ぬふりは簡単だった。けれど……
「ぱぴぷぺポニーの、らりるれ輪舞!」
ステッキを手に、お決まりの呪文を暗唱する。軽くステップを踏みながらくるくるとステッキを回せば、その体が光に包まれた。
ぽいん、ぽいん、と生成される戦闘用の魔法服。レースもフリルもいつも通り可愛く揺れて、髪がきゅるんと伸び、トップで纏まる。
最後に頭の上に大きなリボンが結ばれれば、完成だ。
「私の心は、私が照らす! ポニー・レイン=サンシャイン参上!」
可愛くポーズを決め、ウインクを一つ。
これは、自分自身のための戦いだ。
「ええええっ?」
大吾が目を見開き、その場に尻もちを突く。
「片山さん、巻き込んじゃってすみません。これが私です。魔法少女、やってます!」
笑顔で宣言する。そうだ。胸を張ろう。
「さぁ、かかってきなさい!」
ステッキを掲げ、マティと対峙する。マティが小さく舌打ちをしたのがわかる。
「そっちがその気なら、私も遠慮はしないわ! ディーノ様は力尽くでも取り戻す! 奇獣ラガンよ、魔法少女を食い千切ってしまいなさい!」
可愛い見た目からは想像もできないようなセリフを吐くマティ。声と同時に、奇獣ラガンが一斉に飛び出す。顔のひしゃげた獣のような外見。長い犬歯は肉に食らいつけば深く体内に突き刺さるだろう。太い四肢からは三本の鋭い爪が伸びている。
「うわぁぁ、どうするんだ市原さん!」
この場に似つかわしくない、スーツ姿の大吾が悲鳴を上げる。
「この鼓動、届け! ――セレスティアル・ハートビート!」
ポニーの声に合わせ、天から雷が放たれる。走りくる奇獣の上に落ちると、先頭を走っていたラガンの数匹がギャンと声を上げ倒れた。しかし、奇獣は群れを成すヌーのように動きを止めることなく向かってくる。
「煌めく永遠! エターナル・プリズムレイ!」
ステッキからキラキラと光りの結晶が舞い上がる。やがてそれは星のように上へとあがり、金色の刃が奇獣たちを襲う。土埃が上がり、ラガンの断末魔がこだました。
「やった!」
ディーノが歓喜の声を上げた。
「いや、まだだ」
冷静にアモールが呟くと、地鳴りのような音が再び聞こえ始める。ラガンの群れは、止まらない。それどころか、反撃を始めた。ゴォォォという音と共に見えてくるのは、赤い炎。
「くっ、しつこいわねっ。でも、それがあんたの愛のカタチってことね、マティ。でもね、一方通行の愛は、時に刃となって相手を傷つけるものよ!」
「なにを、知ったような口をっ!」
奇獣ラガンが一斉に飛び掛かってくる。ポニーはステッキを握り直すと、
「ぷるぷるプリズム、きらりんソード!」
みるみる間にステッキが大ぶりの剣へと変わる。ポニーはそれを軽々と操り、襲い掛かるラガンに向け、振るった。
「はぁぁっ!」
ザンッ、ザシュッ
素早くステップを踏むかのようにラガンの群れへと体を滑らせ、次々に切り捨てる。
「……すごい……これが、魔法少女」
大吾がごくりと喉を鳴らす。隣で腕を組んでいるアモールが、小さく頷き、
「彼女は、もうああやって十五年も戦い続けてきたのだ」
と話す。
「あんたはっ、ここでただ見てるだけなのかっ? その見た目からして、なにかできるんだろ? 加勢しろよ!」
責め立てる大吾。ただのサラリーマンでしかない自分を、こんなに深く悔いたことはない。目の前で、惚れた女が戦っているのだ。命がけで。それをただ見ていることしかできないのだから。
「これはポニーの……彼女の戦いだからな。私に割って入る権利はない」
「けどっ」
「案ずるな。もしもの時には容赦はしない」
大吾を見て、口元を上げて見せる。その迫力たるや、背筋がぞわりと総毛立つような恐ろしさである。
「それにしたって、俺にできることはないのかよっ」
もどかしかった。ただ突っ込んでいけば、無駄死には不可避。足手纏いどころではない。もし大吾になにかあれば、きっと凛音は自らを責め続けるだろう。そんなことはさせたくない。
「ここから先は、踏み込ませない! ハートライン・リフレクション!」
ポニーが走りながら剣先で境界線を引く。アモールと大吾を隔離するかのように、光の壁ができた。ラガンの放つ炎が壁めがけて突っ込むが、光に触れると、その炎もろともラガンの体が跡形もなく溶ける。
「結界……っ?」
鼻の頭に皺を寄せ、忌々し気にマティが呟く。ディーノの定期報告では、魔法少女とハートブレーカーの戦いはマンネリ化しており、今や魔法少女に大した力は残っていないと聞かされていたのだ。期限切れ間近の魔法少女に、ここまで戦える力があるなどとは思っていなかったというのが、正直な感想だった。
「冗談じゃないわっ。あんたなんかに負けてたまるもんですか!」
マティの手に力が籠る。
「絶対に、諦めたりしないんだから!」
ギリ、と歯を食いしばり、念を飛ばす。ラガンたちの動きが、スピードを増す。
「これで最後よ!」
グアアアォゥッ
数十匹のラガンがポニーめがけて飛び掛かった瞬間、
「頑張れ、市原ぁぁぁぁぁ!」
バリアの向こうから聞こえてきたのは、大吾の声。
「頑張れ! 頑張れぇぇぇぇ!」
その声が、ポニーに届く。
(ああ、私を応援する声が聞こえる……。私は、まだやれる!)
手にしていた大振りの剣が、ステッキに戻った。光が、ステッキへと集まり出す。
「頑張れぇぇぇぇ!」
大吾の声援が、力になる。手を出すことなく、黙って見守ってくれているアモールの優しさが、伝わってくる。体中に漲る力の源は、ディーノの持つ魔法の力だ。
自分は今、ポニー・レイン=サンシャインとしてこの場に立ち、自らの出せる力を惜しみなく出し、真っ向から勝負に挑んでいるのだ。
(ああ、なんて気分がいいのっ!)
知らず、笑みがこぼれる。ステッキをくるくると回し、高く投げた。空中でそれをキャッチすると、脳内に言葉が宿った。大吾からの応援が、アモールの愛が、ディーノの魔法の力が一体となり、ポニーの中で大きく輝き新技を編み出したのだ。
襲い来るラガンたちに向け、ありったけの声で叫ぶ。
「燃える想いを、夜空に――パッション・ノクターン!!」
ポニーを中心に、辺りが光で満たされる。その大きな光はやがてアビスゲイト全域を覆い尽くし、そして……弾けた。
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