第41話 可愛いモフには棘がある話
「ちょっと待ってくれっ! 俺だけ話について行けてない!」
喚く大吾に、アモールが平然と答える。
「いや、今のところ誰も話について行けてはいない。おい、ディーノ。状況を説明しろ」
命令口調で促すアモールに、しかしディーノは突っ掛かるわけでもなく、苦い顔のまま説明を始めた。
「アビスゲイトの前で唸ってる獣の群れは、コル・イラディアの奇獣ラガンだ。奇獣使いが操ってる。あいつら、スピードも強いし、炎で攻撃してくるから厄介だぞ」
「で、何故その奇獣がこの世界へ送り込まれているのだ?」
「そうよっ。なんでコル・イラディアが奇襲しかけるような真似してくるわけっ? 私はずっと、コル・イラディアの民のために戦ってきたのよ? ディーノだって、彼らにとっては英雄みたいなもんでしょっ?」
「だからだよ……」
唇を噛み、ディーノが一点を見つめる。ラガンの群れの奥からゆっくりと姿を現したのは、ディーノと同じようなモフっとした丸っこいコル・イラディアの民だ。耳の形がゾウのように大きいそのモフモフは、ディーノの姿を見るや、歓喜の声を上げた。
「ディーノ様!」
パッと顔をほころばせると、この場に似つかわしくない動き……両手を大きく広げ、こちらに向かって振ったのだ。
「え? 知り合い?」
凛音が指を差し訊ねる。
「……まぁ」
「では、お前に会いに来たということか?」
アモールが言うと、気まずそうに凛音とアモールの顔を交互に見る。そして意を決したように口を開いた。
「悪いんだけどさ、今から俺が言うことを全肯定してほしい」
「は?」
「なに?」
凛音とアモールが聞き返す。当然だ。目の前のあれがコル・イラディアの奇獣だということと、それを操るのが奇獣使いなる象耳のもふもふだということ以外、なんの情報もないのだから。
「ちゃんと説明しなさいよっ」
「説明すると余計面倒になるんだよっ。いいから俺の言うことに頷いてくれよ!」
必死なことだけは理解した。
「おいっ、全部説明してくれよっ!」
傍らで大吾が声を上げた。こちらはもはや、目にするものすべてがなんだかわからない状況だ。大いに同情する。しかし全員が無視した。
「ディーノ様! まさかそのパッとしない女が、例の魔法少女ってことですのっ? 冗談はやめてくださいませ!」
象耳のモフモフが半笑いで凛音を見遣る。事情は分からないが、完全に馬鹿にした笑いであり、凛音に対していい印象を持っていないのだということだけは理解した。
「なんかムカつく」
口をへの字に曲げ、凛音が呟く。
「魔法少女? ねぇ、なんの話っ?」
大吾に質問を受けるも、凛音はまたしても華麗にスルーする。
「マティ、そのことはもう話がついただろっ?」
「一方的に言いたいことだけ言って、いなくなっただけじゃありませんか! 私は納得しておりませんわっ。……ねぇ、そこのあんたさぁ、なんでずっと魔法少女やめなかったわけ? ディーノ様のこと縛り付けるの、いい加減やめてほしいんだけどっ?」
短いモフモフの手を器用に組み、首を斜めに曲げて凛音を睨みつけるマティ。
「縛り付けるって……なによっ?」
ケチを付けられていることは理解したが、なにに対してかがわからない。しかし、これはどう見ても……
「私のディーノ様を返して、って言ってるのよ! この、泥棒猫!」
(うわっ、泥棒猫って言う人初めて見た。……人じゃないけど)
素直な感想だ。しかし、泥棒猫、という単語の使い方は……と頭の片隅で考える。
「私の……ディーノ様?」
隣にいるディーノの顔を見る。なにやら気まずそうな表情でスッと目を逸らした。
「なるほど。あの者はお前の
アモールが納得したようにそう口にした。
「番……? え? それって、奥さん?」
「ちがっ、まだ、ただの婚約者だっ」
ディーノが慌てて否定すると、向こう側から声が響く。
「私はディーノ様の婚約者にして、奇獣使いでもあるマティ。あなたのような下賤の者がディーノ様を
ゲームの中ボス並みの暴言を吐きながら、象耳のモフモフが腰に手を置く。
「……市原さん、もしかしてこれってなにかの撮影?」
大吾だけが、完璧なほどに取り残されていた。
「この前話しただろっ? 俺と凛音は思い合ってる! 俺の気持ちは、もう凛音にしか向かないんだっ。だからコル・イラディアには戻らないし、マティとの婚約も解消したじゃないか! ハートブレーカーとのいざこざも片付いた今、この世界への干渉はやめるべきだ!」
「ん? 思い合ってる?」
凛音のツッコミに、人差し指を立てたディーノが、小さく「しっ」と言った。
「そんな馬鹿な! 相手はただの人間っ。しかも魔法少女なのですよ? 底辺の底辺ではありませんかっ!」
聞き捨てならない物言いに、思わず凛音が言い返す。
「ちょっと! 底辺の底辺ってなによっ? 私はねぇ、あんたたちコル・イラディアのためにっ」
「あははは! ほぅら、それ。私たちのため? まさか! あんたはただ、自己欲求を満たすためだけに魔法少女になったのでしょう? 私たちのためだなんて、どうしてそんなことが言えるのかしらっ?」
「なっ」
いつだってディーノは「感謝してる」「凛音のおかげでコル・イラディアは平和だ」と言っていた。だが、目の前にいるマティはそうは思っていないようだ。感謝どころか、魔法少女という存在を疎ましく思っているきらいすらある。
「それと、どうしてそこに、ハートブレーカーの親玉がいるの? もう争う必要はなくなったようだけど、だからって我が高貴なコル・イラディアの民と肩を並べていいことにはならなくてよ? それとも、下賤な者同士、その魔法少女と特別な絆でも結んだのかしら?」
高圧的な態度をこれでもかと押し付けてくるマティを前に、凛音はもはや爆発寸前だった。こんな奴らのために、自分は十五年もの長い間、戦っていたというのだろうか。……いや、コル・イラディアの民がすべてマティと同じだと考える方が間違っているのかもしれない。マティは個人的に凛音を嫌っている。それはディーノを取り戻したいから。
「あんた……マティって言ったかしら?」
凛音が拳を握り締め、マティを睨みつける。
「私の名を軽々しく口にしないでいただけるかしら?」
あくまでも上から目線でくるマティに、凛音は口の端を上げる。
「あんたがここに来た理由は、ディーノがコル・イラディアに帰らないって言い出したからなわけね?」
「そうよ! あんたがディーノ様をいつまでも拘束して離さないからっ」
「あ~ら、お生憎様。あんたの大好きなディーノは、私のことが好きなのよ? お生憎様! 私が離さなかったのではなく、ディーノの意志でここにいるの」
イライラをそのまま相手の核心へと投げ返す。思惑は成功したと見え、マティの表情がみるみる間にこわばり出す。
「な……なにをっ」
「ディーノにそう言われたんでしょ? 認めたくないだけよねぇ?」
「くっ」
苦悶の表情を浮かべるマティに、凛音が追い打ちをかける。
「自分の好きになった相手の幸せも祈れないようじゃ、その”好き”はただの独りよがりで、自分本位で身勝手な片思いでしかない、ってことでもあるわね!」
いつかどこかで聞いたセリフを口走る。
「おい、凛音それは俺のっ」
ディーノが横から口を出すが、無視した。
「理解したなら帰りなさい! あんたの出る幕なんてないのよ!」
ビシッとマティを差し、言い放った。
「……やはり野蛮な魔法少女に話など通じないのだわ。こうなったら、力尽くでもディーノ様を連れ戻す!」
マティが両手を天高く翳す。
「奇獣ラガンよ、あの小癪な魔法少女を食い殺せ!」
マティの呼びかけに、唸りを上げこちらを牽制していた奇獣たちが目を光らせた。
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