第40話 新たなる戦いの話
冷たく、鋭い声に振り返ると、そこにいたのは新海亜門。
「チッ」
これまたわかりやすく、大吾が舌打ちをしてしまう。わざとではなく、せっかくのいい雰囲気を邪魔され、反射的に出てしまったのだろう。だが、亜門はそれを聞き逃さなかった。器用に片方の眉を上げると、
「凛音、仕事がひと段落したのなら、今日はもう帰りましょう」
名前呼びは、わざとだろう。当然、大吾が反応する。
「……凛音?」
「──なにか?」
さも当たり前のような顔で大吾を見る亜門。一触即発の事態だ。
「しっ、新海さんっ。今日は直帰だと伺ってましたけどっ?」
なんとかしなくては、とばかり、二人の間に割り込む凛音。だが、煽られた大吾はもう我慢の限界を超えてしまっているようだ。凛音の前に体を滑り込ませると、亜門と対峙する形で睨みを利かす。
「名前呼びとは……社内での上下関係的に、パワハラになりかねない事態ですね?」
「幼稚なことを言わないでいただきたい。一歩外に出れば会社とは無関係な個人です」
「ここは会社ですが?」
「ああ、そうでしたね。つい、いつもの癖で」
「いつもの?」
眉間に皺を寄せ、大吾が一歩前に出た。
(ちょっとちょっと、やめてよぉぉ)
「市原さん、いつもこいつに名前呼びされてるのか?」
凛音の肩に手を置き、大吾が真剣な顔で訊ねる。
「いやぁ、えっとぉ」
「片山君、気安く凛音に触らないでくれるか」
亜門が凛音の手を握り、自分の方へと引き寄せた。
「ちょっ」
あっちにこっちに引っ張られ、凛音の体がぐらぐら揺れる。
「前から聞こう聞こうと思ってたんだが、どうして平気で市原さんが嫌がることをするんだあんたはっ!」
「おや、彼女が嫌がってると、どうしてわかる?」
「見てればわかる!」
「思い込みというものだろう?」
「なんだとっ?」
掴みかからん勢いで前のめりになる大吾と、そんな大吾に挑発を繰り返す亜門に、凛音が声を荒げた。
「いい加減にしてください二人ともっ! 私を無視して話を進めるならどうぞ外に出て勝手にやってくださいっ。ここは会社! オフィスですよっ?」
バンバンと机を叩くと、男二人が気まずそうに俯いた。
「あ……すまん」
「すみません」
「まったく、いい年してなにをしてるんですかっ。大人気ない!」
腰に手を当て上司二人を叱り飛ばす。
「いや、しかし……」
「こればかりは譲れないだろう」
なぁ? と頷き合う二人。呆れたように溜息を吐く凛音の前で、空間が、歪む。
「……え? ちょっとっ」
これは、魔法陣だ。
キラキラと光る円形の魔法陣。そしてそこから姿を現したのは、人型の、ディーノだった。
「凛音!」
「ええええっ?」
ディーノの登場に、驚きの声を上げたのはもちろん大吾。当然だろう。目の前の”なにもない空間”から突如として魔法陣が現れただけでなく、ひょっこりと人間が出てきたのだから。
「ちょっと、なにしてんのよディーノ!」
慌てふためく凛音とは裏腹に、ディーノは険しい顔で言い放つ。
「まずいことになったっ。どうしよう!」
「なんだこれはっ! こいつはなんなんだっ」
大吾がディーノを指した。目の前で起きている信じられない光景を前に、凛音も亜門も特に驚いた様子も微塵も見せない。凛音にいたっては、突如現れた男と普通に会話している。そのことが大吾には信じられなかった。
「あ、片山さん……えっと、こちらディーノ……です」
こんな時におかしな話ではあるが、凛音がディーノを紹介する。ディーノが背筋を伸ばし、頭を下げた。
「あ、どうも。いつも凛音がお世話になってます……じゃないって! ヤバいんだってば!」
「騒がしいな。一体なんだというのだ」
亜門が口を挟むと、ディーノが亜門を見る。
「あ、いたのか」
「これから凛音を連れて帰るところだったのだ。お前は夕飯の支度をしているはずではなかったのか?」
完全にアモールの口調になっている。
「夕飯はもうとっくにできてるよっ。……いや、だからそうじゃなくて!」
「ちょ、ちょっと待ってっ。市原さん、どういうこと? この二人と一緒に住んでるってことなのかっ?」
二人の会話を聞き、大吾が疑問を呈する。今じゃない感。
「いや、あのぉ」
なんと言えばいいか、返答に困る凛音。まさかこんなタイミングで同居がバレるとは思っていなかった。……そんなことより、人間である大吾に魔法陣を見られたのは、大問題なのではないかという気がする。
「ディーノ、さすがにこれはまずいんじゃない?」
異世界の話は他言無用。無関係の人間に知られたら厳しく処罰されると、出会った頃に口を酸っぱくして言われていた記憶がある。それを、まさか自ら見せてしまうような真似をするとは。
「は? まずいってさっきから言ってるじゃんっ! 早く来て!」
手を広げ、改めて魔法陣を敷く。いつもと同じ、アビスゲイトに向かう時の光景だ。しかし敵であるアモールは目の前にいる上、もう敵対する必要もなくなっている。今更アビスゲイトに向かう意味が分からなかった。
「アモールにも関係あることだからなっ! お前も来いよっ」
振り向きざまにそう言うと、ディーノは凛音の手を引いて魔法陣へと滑り込んだ。
「……なんだというんだ、まったく」
亜門は小さく息をつくと、魔法陣へと向かう。
そんな一部始終を、口を開け眺めていた大吾が、亜門に向かって
「これは一体……なんなんだっ?」
と、わかりやすく訊ねた。もちろん亜門は
「私には関係あるが、お前には関係ない」
と、暗黒の王らしく答える。
「市原さんが関係していることは、俺にとって無関係ではない!」
よくわからない理屈で駄々をこね始める大吾を見、亜門は無視することに決めた。面倒だからだ。今日のことは、あとで忘れてもらえばいいだろう。……そう簡単に考えたのである。
無言のまま、魔法陣へと体を滑らせる。瞬間、アビスゲイトの入り口へと景色が変わり、魔法陣が消え去った。
「うわっ、なんだここっ?」
狼狽える声が後ろから聞こえてくる。大吾が、亜門のあとをついてきてしまったようだ。
「ちょっとアモール、なんで片山さん連れて来てんのよっ?」
凛音が大吾の姿を見て声を荒げる。その傍らに、本来の姿に戻ったディーノが浮いていた。
「市原さん、これは一体っ」
片山が辺りを見渡し口をあんぐりと開ける。オフィスにいたはずなのに、気付けば別の場所に立っているのだから、驚きもするだろう。
「面倒なことになってるな」
亜門は片山大吾とは別の方向を見ながらそう呟き、アモールへと姿を変えた。
「ええええっ? し、ししし新海亜門がっ、コス……プレ? なんなんだっ」
大吾の叫びが響く。魔法陣のこともディーノのことも、新海亜門の正体が異世界人であることも知られてしまったのは、大問題だ。しかしなにより大問題なのは、大吾の立つその向こう側に、夥しい数の獣が唸り声を上げて、こちらの様子を窺っていることだった──。
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