第37話 覚悟の話

 人間の姿をしているアモールは、話し方から態度まで、すべてが違う。技をぶつけ合い戦っていた時とは別人だ。


「まずは食事を摂りましょう。さ、座って」

 促され、半ば強引にソファへと追いやられる。小さなテーブルと、二人掛けのソファ。あとはセミダブルのベッドが置いてあるだけの部屋だ。


「あのっ」

「いいから、待っていてください」

 そう言って袋の中から惣菜を取り出し、並べてゆく。

「……なんだか手慣れてるのね」

「そりゃ、私も初めは狭いアパートで独り暮らしから始めましたからね。自炊だってできるし、アイロンだって掛けますよ?」

 どうやら凛音よりずっと生活能力がありそうだった。なにしろ凛音は、それらすべてをディーノに頼りきりだったのだから。


「……ディーノは、どうなったの?」

 亜門のマンションに置き去りにしたままだ。もしかしたら帰ってくるのではないかとも思っていたのだが、戻ったところで、部屋はもうない。

「……気になりますか?」

 問われ、言葉に詰まる。

「彼は……うちにいますよ」

「へっ?」

 亜門の答えに、驚く。とっくに追い出していると思っていたのだ。

「なんで?」

「行くところもないようですし、ね」

 含みのある言い方で、濁す。凛音が口を開きかけたタイミングで、

「さぁ、どうぞ」

 と、割り箸を渡される。


 小エビのカクテル、デミグラスソースのハンバーグ、生ハムの乗ったサラダ。どれも好物ばかりだった。


「……いただきます」

 小エビを一口放り込むと、一気に食欲がわいてきた。空腹だったのだと、改めて思い知らされる。

 亜門の買ってきた総菜は、どれも美味しかった。


「あの……会社は」

 こんな時でも仕事のことが気になってしまう。そんな凛音を見て、亜門がクスリと笑った。

「凛音は真面目ですね。大丈夫ですよ。問題ありません」

「そう……ですか」

 思わず敬語に戻る。こうしていると、本当にただの上司にしか見えない。


「来週からは少し忙しくなりそうです。新しいプロジェクトを立ち上げることになりましたのでね」

 真面目に仕事の話などを続ける亜門を見ていると、なんだかおかしくなってくる。異世界で暗黒の王と呼ばれている人物とは思えないほど、馴染んでいるのだから。


「仕事、好きなん……ですね」

「そうですね。嫌いではないかもしれません。どんな仕事でも、誰かのために一生懸命に働くというのは尊いと思います。だから、あなたがポニー・レイン=サンシャインとして頑張っていたことも、とても尊い」

「……そう、ですかね」

 それが正しかったかどうかは、もはや分からないのだ。


「我々が敵対する必要はなくなりました。これからはただの人間同士です。どうでしょう、少し真剣に私との未来を考えてはくれませんか?」

「……本気で言ってます?」

「ずっと本気ですよ」

 切れ長の美しい瞳が凛音を見つめる。


(でもあんた、異世界人じゃん……)


 凛音は溜息をつくと、思っていたことを口にした。

「特殊な環境下で、男女が同じ時を過ごすと……」

「ストックホルム症候群のことですか? それとも、吊り橋効果?」

 先手を打たれる。


「……私は、あなたのそれが恋愛感情だとは思えない」

 きっぱりと否定。アビスゲイトの前で顔を合わせ戦ってきた敵同士。あの場でしか会っていないし、なにより生きてきた世界が違う。(物理)好きとか嫌い以前に、まだきちんと知り合ってもいない間柄だと思っている。だが、亜門の言い分は違った。


「今の職場であなたと仕事をするようになって、私の思いは確信へと変わりました。思い違いや思い込みではなく、私はあなたに惚れたのですよ、市原凛音」

「惚れられる要素があるとは思えませんが?」

「この世界では、好きに理由はいらないらしいです」

 どこかで聞いたことのあるセリフだ。異世界人とは思えないほど、よくこの世界のことを勉強しているな、という印象を受ける。根が真面目なのだろうことは、新海亜門を見ていればわかる。


「アモールと新海さんが、どうしても私の中でイコールにならないんですけど……」

「あっちの姿の方がお好みですか?」

「そういうことじゃないっ」

「あはは、わかってますよ」

 悪戯めかして笑う顔は完全に新海亜門であり、アモールの高笑いとは違う。こっちが本性なのだろうな、という気がしてきたのは、亜門の真面目さを知っているせいだろうか。


「……正直、これから先のことなんかなにも考えてなかったんです。魔法少女の引退の話も、その時になってからでいいや、くらいで。まさか期限切れでもなく、目的達成でもない状態で引退するって思ってなかったし、それにまさか……」

「家が燃えてなくなるなんて、ですね」

 なにが悲しくて敵の大将にこんな話をしているのか。凛音は大きく溜息をついた。


「うちに来ませんか?」

「……え?」

 顔を上げ亜門の目を見る。冗談を言っているようには見えなかった。

「幸い、我が家には余っている部屋があります。どうですか?」

「どうって……」

 亜門の部屋に転がり込むなど、有り得ないだろう。

「そんなの無理に決まって」

「新しい部屋が見つかるまでの間、ですよ。悪い話じゃないでしょう? それとも、あのコル・イラディアの男の顔は二度と見たくないですか? でしたらあちらを追い出して」

「や、待ってっ。そんな急に話を進めないでくださいっ」


「あなたがあの男を赦し、私も彼を赦す。それだけですべてが丸く収まります」

「赦すって……」

 自分はそこまでディーノに憎しみを抱いているのだろうか? アモールたちは、コル・イラディアの民たちを、どう思っているのだろうか? 凛音にはわからなかった。


「来週から仕事も忙しくなりますし、ホテル暮らしでは不自由でしょう? 服も買わなければなりませんし。それとも、どこか行く当てが?」

 言われ、グッと言葉を飲み込む。頼れる誰かがいるわけではない。親元は遠いし、関係もあまりよろしくはない。親戚なども近くにはいなかった。


 凛音が沈黙していると、

「決まりですね」

 亜門に押し切られる形で、凛音の仮住まいが決まってしまったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る