第35話 これからの話
自国には戻らない、凛音と暮らす、仕事は決まった。どれも、今知ったことだ。勝手に決めたことを、勝手に喚いているディーノに、正直凛音はイラついていた。
「ったく……」
どいつもこいつも、である。凛音は頭を抱え、二人を制した。
「あんたたち、自分がなにを言ってるかわかってる?」
「もちろんだ!」
「当たり前だろっ」
同時に声を上げる二人。双方ともに、自分勝手に盛り上がり、凛音の気持ちなど置いてけぼりなのである。非常に腹立たしかった。
「わかってない! まずはアモール!」
ピッと指をさし、怒りに任せて言葉を紡ぐ。
「あんた、王様なんじゃないの? なんでこっちの世界で仕事なんかしちゃってるわけ? 自分の国どうする気よ?」
「私がいなくとも、部下たちがいる。必要があれば向こうに戻ることもあるが、彼らだけで国を守ることは十分に可能だ。うちの部下たちは、仕事ができる優秀な者たちばかりだからな!」
胸を張るアモールの向こうで、四天王たちが感動の涙を浮かべ、
「アモール様!」
「勿体ないお言葉っ」
「一生お供いたします!」
「今まで以上に、頑張りますっ」
と盛り上がっていた。
ぐぬぬ、とこぶしを握り締める凛音は、次にディーノへと矛先を向けた。
「じゃ、ディーノ! もうコル・イラディアには戻らないとか、仕事決めたとか、私はなにも知らない! 相談もなしに勝手に決めないでよっ」
「
「大体、仕事って……一体なにをする気なのよっ?」
「芸能人になる!」
「げっ、芸能人って……それ、なろうと思ってなれるものではないのよっ?」
「そんなことわかってるよ。しばらく前にスカウトされて、いろんなレッスン受けてたんだ。オーディションやっと通ってさ、デビューが決まったんだよっ」
目を輝かせるディーノを見て、凛音は、もはやなにがなんだか、である。
「俺、頑張るからっ。有名になって凛音に贅沢させてやるっ。高い酒だっていっぱい買うし、今よりいいマンションに引っ越せるように」
「アホか~~~~!」
凛音は力任せにディーノの襟元を掴むと、前後に揺さぶる。
「どうして私になんの相談もなくそんなことになってるのぉぉ!」
「ぐえっ、ちょ、凛音、くるしっ」
「アモール! あんたもっ。たかが数年でぐんぐん出世してんじゃないわよ! なんなのっ? ここには成功者しかいないのっ? 地味~に働いてる自分がバカみたいじゃないっ」
もはやどこに論点を据えればいいのかわからなくなってきた。成功者の話を聞くのが悔しいのか……いや、そうではない。
「そもそも、あんたたちの国のいざこざのために私は戦ってきた! 良かれと思って! 正義の名のもとに! それなのに、私のしてきたことってなんだったの!? 当の本人たちはまったく関係ないこの世界で仕事始めて成功して……順風満帆……私の十五年は何だったのよ? 無駄だったってことじゃない……」
力が抜けていく。正義なんて、作り物だった。やはりアモールの言うように、いいように使われていただけなのだと思えてきた。守られるべき弱者なんかどこにもいない。弱者を脅かす脅威も、どこにもなかった。
「……私、もう魔法少女やめる」
「おお!」
「凛音!」
「帰る!」
ディーノから手を放し、荷物を乱暴に手に取る。
「じゃ、俺もっ」
ディーノが立ち上がるも、
「ディーノはもう、うちには入れない」
「えっ?」
「……もう、一緒に暮らせない」
「凛音……?」
絶望に打ちひしがれるディーノに、凛音はきっぱりと告げる。
「魔法少女をやめるんだから、私の記憶は消されるんでしょ? そしたら一緒になんか暮らせないじゃない。それに、芸能人になるならスキャンダルはご法度よね」
魔法少女でなくなれば、記憶を消される、と言われてきた。もう、「特別な存在」である自分ともおさらばだ。これからは、そこら辺にいるただの三十路間近の会社員でしかなくなる。恋愛のなんたるかも知らない、空っぽの正義の味方だ。
「それはっ、俺がコル・イラディアに戻ると、自動的に俺との縁と記憶が消えるって話で、俺がこっちに残ることになれば……記憶は消えない」
「はぁ? なにそれ! 私のこのモヤモヤ、消えないわけっ? あんたのこともアモールのことも、このままなのっ? ……最悪だわっ」
「ともかく、私は帰る!」
ダンッと床を踏み鳴らす。
振り向きもせず、凛音は玄関から出て行った。ディーノ、アモール、四天王は、何も言えず気まずい沈黙と共に立ち尽くしていた。
*****
「ムカつくっ。ムカつくっ。ムカつくっ」
時計を見ると、時刻は午前四時を回ったところだ。
辺りはまだ暗く、夜明けまでにはまだ時間がある。車でここまで移動したせいで気付かなかったが、都心にほど近い閑静な住宅街に、アモールのマンションは建っていた。駅からも、徒歩十分程度だろう。なんと贅沢なことか。
それもまた、凛音のイライラを刺激する材料となっていた。
片や将来を期待されている会社の若手ホープ。
片や芸能界入りを決めた爽やか青年。
そして自分を顧みれば、魔法少女ではなくなった、ただの一般人だ。
「勝手に楽しい人生送ればいいじゃないっ。なによもうっ!」
カツカツと靴音だけが響く。異世界からやってきた二人の成功事例を聞かされ、論点のズレた苛立ちが湧いてきたことへの不甲斐なさも相まって、とにかくすべてに苛立っていた。
「なにが『これからは俺が守る』よ! ディーノの馬鹿!」
アモールも意味不明だが、ディーノに関してはもっとだ。魔法少女は恋愛御法度、などと言っておきながら、自分はちゃっかり恋していたなど、言語道断!
ディーノのことは好きだ。ずっと一緒にいたのだし、気心の知れている相棒だと思っていた。しかしそれは恋とは違う。どちらかというと、仲間であり、姉弟のような感覚だった。そうでもなきゃ同居などできなかっただろう。
「……これからどうすればいいんだろう」
足を止め、空を見上げる。
魔法少女でなくなった、ただの市原凛音には一体何が残るというのか。
住み慣れた借家と、慣れ親しんだ職場。勿論それは凛音にとって大切なものだ。友人や会社の仲間もいる。けれど、決定的になにかが足りない。
「……私はもう、『特別』じゃなくなったのね」
夜明けが近いというのに、凛音の心は重く、沈んでいくばかりだった。
大通りでタクシーを拾い、家の近くで降りる。路地を曲がり歩いていくと、
(ん? なんか……臭い?)
家に近付くにつれ、異臭が漂い始める。なにかが燃えたような、焦げた匂い。
それを目の当たりにした瞬間、ぐわんぐわんと、頭の中でドラを叩いた後のような重低音がこだまする。
「――嘘でしょ?」
口に出してみたところで、現実が変わることはなさそうだった。
「家が……ない」
サイレンこそ鳴ってはいないが、辺りではまだ消防隊員が忙しそうに右往左往している。水を出している消防車もいた。早朝だというのに、野次馬たちは好奇の目を向けながら携帯電話をかざし、年寄はぼそぼそと、こうなった経緯を「どうやら」や「聞いた話だと」などの枕詞付きで語り合う。冗談のような光景を前に、鼻を突く焦げ臭い匂いが現実であることを主張しまくる。
火が出たのは凛音の部屋の真下だったらしい。ただの火事ならここまで酷くはないはずだが、その部屋にはガスが充満していた。「どうやら」自殺で、「聞いた話だと」借金を苦にしてのことらしい。部屋の壁も、床も、天井も吹き飛んでいる。つまり、凛音の住んでいた部屋も吹き飛んでいる。
着の身着のまま、とはよく言ったものだ。まさに今、凛音は着の身着のままだ。魔法少女をやめ、ディーノとの同居を解消し、住む場所までなくなった。
「大殺界なのか、私?」
眉間に皺を寄せ、呟く。
住人ですと名乗るや、警察に保護され簡単な事情聴取。しばらくはホテルでも取ってそちらに泊まってくださいね、と解放された。
朝日が昇る。
こんな時でも、朝日は美しい……。
(浸ってる場合かっ!)
「……なんか、惨めだな」
気持ちが、有り得ないほど落ちていく。こんな時、頼れる恋人でもいたらよかったのだろうか。今そんなことを考えても仕方ないのはわかっているが、三十年近く生きて来て、初めて「寂しい」という感情に心が潰されそうになっていた。
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