第34話 ディーノの話

「さあ、コル・イラディアの民よ。どう弁解する? すべてを認め、この地を去るがいい」


 口輪を外されたディーノが俯いた。そのままの姿勢で、黙る。


「ディーノ、違うわよね? アモールが言ったこと、それ自体は事実かもしれないけど、あなたたちコル・イラディアの民が魔法少女を利用してるだけ、なんてことはっ」

「……事実だよ」

 低い、冷たい声で言い放たれた言葉。それは凛音の心にぐさりと刺さる棘となる。


「……は?」

「ごめん、凛音。概ねその通りなんだ。俺たちの国、コル・イラディアは、ずっと前から、この世界の女の子たちを……利用してるんだと思う」

「ディーノ!」

 ガタン、と席を立つ凛音。

「ハートブレーカーをこの世界に呼び込むことで、コル・イラディアから遠ざけること。魔法少女を戦わせることで、自分たちの世界を守れるんだ。お手軽なやり方だよな」

 自嘲気味に笑う。


「けどっ、お互いの利害の一致でもあるんだぜっ。コル・イラディアの民が見える子ってのは、みんな自己肯定感が低くて、魔法少女になることで前向きに、自分を好きになれたって言うんだからっ。だから、利用はしてるけど騙してるってわけじゃない! 少なくとも俺は、凛音を騙してるつもりなんてなかった!」


 ディーノの話を聞き、凛音は当時のことを思い出す。自分も、自己肯定感の低い子供だった。出来のいい姉と比べられることに傷付き、人より秀でたなにかが見つけられず、子供ながらに腐っていた頃……。


 魔法少女の話は、凛音にとってこれ以上ないほど心躍る出来事だった。自分は「選ばれた」のだ。正義のために戦う、魔法少女に……。


 ディーノは優しかった。なにも知らない凛音に、戦い方を教えてくれた。いつもそばに寄り添ってくれていた。いつしか凛音は、姉のことなど気にならなくなった。どんなに比べられようと、自分は自分だと胸を張って言えるようになっていた。それは、魔法少女になり、弱き者を助けているのだという正義が、身を守る盾となっていたからだ。


「そうね……確かに利害の一致だわ」

 ストン、と再び腰を下ろす。それでも、釈然としないモヤモヤが凛音を支配する。


「長いこと魔法少女させ過ぎた自覚はあるよ。大抵の子は数年で、自分からやめるからね。凛音みたいにずっと続けてくれる子なんか、今までいなかった。それに俺っ」

「だからそこに付け込んで、ずっと縛り付けていたのか」

 ディーノの言葉を遮って、亜門がアモールの姿へと変わる。ゆっくりとディーノの元へ近づき、手を伸ばす。そのままディーノの長い耳を掴むと、引き上げた。

「ぐっ」

 ディーノが痛みに顔をしかめた。

「なにしてんのよっ」

 凛音が止めに入ろうと手を伸ばすが、アモールに手で制される。


「私が許せないのは、お前がすべてを知っていたにもかかわらず、彼女の良心に付け込んでいたこと。更にはそのような人型になり、一緒に暮らしていたことっ」

 ギリ、と耳を掴む手に力を籠めると、ディーノが顔を歪める。

「一つ屋根の下でお前はなにをしていた!」

 怒りに任せ、耳を掴んだままディーノの頭を揺さぶる。

「痛っ、お前いい加減、手ぇ放せよ!」

「いいや放さん! お前の毛など全部毟ってしまおうか、ああんっ?」

「ちょっと、無抵抗な相手にそれは駄目でしょうっ」

 今度こそ、凛音が間に割って入る。毛皮をむしられたディーノが人型になったらどうなるかを想像してしまった。禿げたディーノは、なんとなく見たくない。


「お前が凛音の寝室に忍び込んで、寝顔を眺めていたのかと思うと、私は怒りで狂ってしまいそうだ!」

「はぁっ?」

「してねぇよ!」

 凛音とディーノが同時に叫ぶ。


「一つ屋根の下に、彼女と二人だぞっ? なにもしなかったとは言わせぬ! どんなやましい行為を行っていたのか、洗いざらい白状しろ!」

 どうやらアモールの怒りの矛先は、少しズレているようだ。


「ちょっと待ってよ! 確かに私とディーノは一緒に住んでたけど、ディーノは私の生活を裏で支えてただけで、他にはなにもないわよっ。寝室だって別だったしっ」

「そうだよ! 俺は家政婦みたいなことしかやってねぇ!」

「家政婦っ? 彼女の食事を用意し、彼女の部屋を掃除し、彼女の着衣を洗濯していたというのか!」

 言葉に出され、暴君は自分なのではないかという気になってくる凛音だった。


「……あいつ、ひでぇやつだな」

「小間使いさせてたのか」

 四天王が部屋の隅でコソコソ話しているのが聞こえた。凛音が睨みつけ、黙らせる。あながち間違ってはいないが、指摘はされたくないのである。


「……俺だって、まさか凛音がこんなに長く魔法少女をやるとは思ってなかった。あんたらとの闘いだって最近はずっとマンネリで、ずっとおかしいとは思ってたさ。コル・イラディアからは、もう戻るように言われたりもしてた」

「え? そうなのっ?」

 これも初耳だ。


「けど、本人が辞めたいって言ってるわけでもねぇのに、押し付けた役目を勝手に辞めさせるのもなんか違うだろ。それに……」

 グッと拳を握り、意を決したように凛音を見つめる。しゅるりと光の筋がディーノを包み、人型へと変わる。キラキラの瞳で凛音を見つめると、まっすぐに言葉をぶつけた。

「俺だって、こいつのことが好きなんだっ」

「ふぇっ?」

 突然の告白に変な声が出る。そうなのだろうとは思っていたが、こうもハッキリ言われると、どうしていいかわからない。


「魔法少女を辞めるってことは、凛音との別れを意味する。俺は凛音と離れたくなかったっ。ずっと今までみたいに、なんとなく傍にいて、笑い合ってたかった。だから俺はっ」

「だからなにも言わず、ただダラダラと毎日を過ごしていた、と?」

 目を細め、ディーノを射抜かんばかりの視線を向けるアモール。


「くだらん。お前は自分が傷付きたくないがために、凛音の時間を搾取した!」

「うるせぇ! お前だって同じだろうが! とやかく言われる筋合いはねぇ!」

「まぁ、お前がもたもたしてくれていたおかげで、私はこの世界において、ある程度の地位を築けたとも言えるがな」

 そういうと、くるりと体を反転させ凛音に向き合う。


「市原凛音、私は、お前のために生きると誓おう。これから先の未来を、私と共に過ごしてほしい」

「ええっ?」

 のけぞる凛音を前に、ディーノも一歩踏み出す。


「待てよっ! 凛音、俺……お前に甘えすぎてたっ。これからは俺がお前を守るからっ。だから俺と」

「ふんっ、なにを言うか。この世界でお前は一体どう生きるつもりだ? 彼女のヒモにでもなるつもりか? もうこの世界に用はないとわかったのだろう? とっととコル・イラディアに帰れ!」

 アモールが牽制すると、ディーノがクッと喉の奥を鳴らす。

「俺はコル・イラディアには戻らない! これからはこっちの世界で、凛音と一緒に生きていくって決めたんだっ。仕事だって決まった! だからっ」


 それは、ディーノの決意表明でもあり、寝耳に水の一方的な宣言だった。

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