第31話 あってはならない話
「市原さんっ!」
背後から聞こえた声に、思わず肩を震わせる。今のは……
恐る恐る振り返ると、そこには新海亜門の姿があったのだ。
「新海さんっ? なんでっ?」
あれほど来てはいけないと念を押したのに、出てきてしまったというのか。しかも、見られてしまった……魔法少女であるところを。
「待っても帰ってこないので、心配になって来てしまいました。これは一体?」
「……事情を説明している暇はありませんっ、新海さんは外へ!」
「しかしっ」
「駄目です、危険です!」
「それでも! ……それでも私は、あなたのことを守りたいんだっ」
凛音の手を握り、亜門が告げる。
「……新海さん」
凛音の頭がぽうっと温かくなる。新海の瞳に、自らの姿が映し出される。魔法少女である、その姿が……。
ハッとし、頭を振る。いけない。恋愛御法度の魔法少女が、なにをデレデレしているのか。
「んんーっ! んっ、んっ! むふぅ~ん!」
見れば、何故か檻の中のディーノが大暴れである。
「わかってるわよ、ディーノ!」
ポニーは新海の手を離すと、ハッキリとした口調で告げる。
「すみません、新海さん。私は行かなきゃ。世界の平和のために、私は……」
「世界の平和? どうしてそれをあなた一人で背負わなければならないんですっ? 市原さん、私と一緒にここを出ましょうっ」
「そんなっ」
「あなたは、一人の女性として、幸せになるべきだ。さぁ!」
ぐっと引き寄せられる。
「んーっ! んーっ!」
ガンガンと檻に体当たりをするディーノの姿が視界の隅に見える。助けなければと頭では思っているのに、体が動かない。亜門の瞳に捕らえられ、思考が鈍る。このまま亜門に連れられてこの場から立ち去ってしまったら……その先にはなにが待つのだろう。
「凛音……」
名を呼ばれ、体から力が抜ける。ふわふわと、不思議な気持ちになる。甘く、幻想的な空間に身を委ねてしまいたくなる。だが……
おかしい。
グッと腹に力を籠める。
何故、新海は変身した凛音の姿を見て驚かない? 四天王を見ても平気な顔をしているのも不自然だ。気持ちとは裏腹に、この場を去ろうとしている自分。こんなこと、あるわけがない。
「……新海さん、私を見ても驚かないのは、どうしてです?」
凛音は出口へと連れ去ろうとする新海の腕を引き、訊ねた。
「驚かない……?」
足を止め、しかし振り返ることはせずに新海が呟く。
「四天王を見てもなんとも思わないみたいですね。普通あんなの見たら、驚きますよ? 反応がないってことは、知ってるから……ですか?」
最悪な状況を思い浮かべてしまった。しかし、この状態で考えられることは、ひとつだ。信じたくはないし、そうでなければいいと願ってもいる。だが……
「アモール・ヴァンデロス……」
名を呼ぶと、新海の方がピクリと震えた。そしてゆっくりと振り返る。
「まさか、あんたが新海亜門だったなんて……」
とんでもない話だ。人間の姿に化け、社会生活をしていたというのだから。しかもしごできイケメン社員。親会社からの出向……? 疑問だらけだった。
「どんな術で潜り込んだか知らないけど、サラリーマンやってる暗黒の王なんて聞いたこともないわっ」
それもこれも、自分と結婚するためだと本気で言うのだろうか? いつかディーノが言っていたように、自分は騙されているのではないかと思えてきた。戦うのではなく、別の方法でこの世界を手に入れようと企んでいるのではないか、と。そうであればまだ納得できる。いや、そうであってほしいくらいだ。
「……私を騙してこの世界を手に入れるつもりだった。そういうことね?」
頼むからここで高笑いをし、戦闘に移りたい。それでこそ、正しい敵と味方ではないか。魔法少女と暗黒の王に相応しい展開! そう、祈った。しかし……
「私は、あなたのことが好きだ。市原凛音」
新海亜門の声で、姿で、切なそうに目を細める。凛音の心臓が有り得ないほど速いリズムを叩き始める。まずい。なんだこれは。発作かもしれない。
凛音はバッと四天王の方を見遣り、亜門を指さしながら声を荒げる。
「あんたたち、頼むから『これはすべて世界を手に入れるための作戦だ』って言って! アモールが考えた心理戦だって、言って!」
そうだ。彼らは作戦会議まで開いていたのだから、安易に「女を落として世界を手中に収めよう」というくだらない案が出てもいい気がしてきた。「もうすぐ引退になる三十路前の恋愛音痴を落とすなんてチョロくね? へへ」くらいのことを言われても構わなかった。
だが、四天王は互いの顔を見合わせ困り果てている。
「言わないのかぁぁ!」
凛音は声の限り、叫んだ。
「……市原凛音。いや、ポニー・レイン=サンシャイン。私はお前の涙を見たあの日から……ずっと好きだった」
「ひょぉぉっ?」
黒歴史をまたしても引っ張り出され、慄く。
「これからは私がお前を守る。お前と共に生きていきたいのだ」
悪役とは思えないセリフを吐くアモールを前に、凛音は眉を寄せた。どうしようもなく違和感。この気持ちは一体、どこからくるのだろう……。
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