第32話 アモール・ヴァンデロスの話

「これからは私が守る。だから戦いをやめ、私の妻になれ」


 囁かれる言葉。


 守る? なにから? やめる? どうして? 戦うべき相手は、一体誰なのか。拭えない違和感はどこから来るのだろう、と思い返す。


「私は……」

 凛音が、ゆっくりと口を開く。


「私は、守られたいわけじゃない。どんなにしんどくても、道なら自分で切り開く。私は世の中の理不尽を……悲しい思いをする人の助けになりたくて、魔法少女になった。独りよがりで、分不相応だってことはわかってた。それでも私は、なにか……したかった」

「……見返りもないのにか?」

「私の正義はいつだって一方的なものだわ。見返りなんて、あるわけない。しいて言うなら、生きている実感……」

「生きている……実感?」


「そう。魔法少女であること。誰かのために戦ってる事実が、自分への自己肯定そのものだったんだと思う。でもそんなのおかしいわね。いつの間にか戦うことが目的になって、なにも成し遂げてないのに満足してる自分がいるんだもの」


 違和感は、自分の中にずっとあった。目的を、失ったことだ。目の前の事柄をただ闇雲に追いかけるだけで満足し、本質を見失っていた。違和感に目を瞑り、怠惰に同じことを繰り返していることを良しとしてしまった。何も変わらない毎日は平和だが、現実から目を背けているだけの平和は、ただの幻想にすぎない。


「今ここで、あなたの言葉を受け入れ、魔法少女まで投げ出してしまうようなことになれば、私の心は腐っていくだけ。あなただって、心が腐った魔法少女になんか、興味はないんじゃない?」

「では、戦いは止めぬ、と?」

 アモールが溜息交じりに、言う。

「あんたたちの悪事を見逃すわけにはいかないわっ」

 改めてステッキを構えると、新海亜門が赤い炎に包まれ、いつものアモールの姿に変わる。これが本来のあるべき姿だ。ここから激しい戦闘になり、正義が勝つ展開。そう、期待する。


 しかしアモールは攻撃を仕掛けるどころか、とんでもないことを口にしたのだ。


「では聞こう。我々がいつ、悪事を働いたというのかな?」

「へ?」

 一瞬、脳がバグる。


 いつ、悪事を……働いた、か?


 思い返す。彼らとの闘いはいつも、アビスゲイトの前。そこは彼らの世界とこちらの世界を繋ぐ門のような境界線であり、そこでの戦闘で誰かが傷つくことはない。勿論、壊される建物もない。


(あれ?)


「でもっ、でもこの世界であなたたちは……えっと」

 言い淀む。

「……あんたたちはなにしに、この世界へ?」

 思わず、訊ねてしまう。昔、魔法少女にならないかと言われたあの時、一通りの説明は聞いたはずだった。ハートブレーカーのこと、アビスゲイトのこと、コル・イラディアのこと、アフェクタリアのこと……。


(すっかり忘れてるわね、私……)


 自らのいい加減さに呆れつつ、平静を装う。そんなポニーを見て、アモールがクスリと笑った。魅惑的な、雄の笑みだ。

「やっと話を聞く気になってくれたか。これから私が話す内容を知れば、お前は私を見る目が変わるはず。いいだろう。話してやる。真実を、な」

 まるで物語の序章を語るかのような口調で、アモールがそう口にした。


 長い夜が始まる――。


*****


「……で、なんでこうなる?」


 凛音は夜景の見えるタワーマンションの最上階で、シャンパングラスを差し出されていた。町外れの廃工場から一転し、この光景。


「なんで、とはなんだ。あんな埃っぽいところで話などできないではないか」

 アモールは、新海亜門の姿に戻っていた。いや、新海亜門は本来の姿ではないのだから、新海亜門の姿に化けた、と言えばいいのか。


「いや、流れからしたら、あそこで話をするのが筋ってもんでしょ? それに、あれ」

 所在なさげに立ち尽くす四人。四天王なのだが、こちらも人間の姿に化けている。さっきまで鬼やライオンだった見た目の魔物が、急にスーツを着て立っているのだから、不自然なことこの上ない。

「気にするな」

「いや、気にするわよ」


 そしてディーノ。こちらは相変わらず拘束されたままなのだ。アモール曰く、

『すべて話し終わったら口輪を外してやる』

 とのことだった。途中で邪魔をされたくない、といったところか。


「……それにしてもすごいマンションに住んでるのね」

 ここはアモール……新海亜門の自宅だという。立地といい広さといい、多分億ションどころではない。異世界の魔王ともなると、魔法でちょちょいと、なのかと思いきや、そうではないと言われた。


「お前が涙を流したあの日……」

「ちょっ、もうその話蒸し返すのやめてよっ」

 凛音が遮ると、亜門がそれを手で制した。

「まぁ、聞け。私はお前が涙を流したあの日、社畜という言葉を知った。そしてお前にあんな顔をさせた”社畜”なるものが気になり、なんであるのか調べた」

「真面目かっ」

「それからの私は、身を以て社畜を学んだのだ」

「は? どういうこと?」

 首を傾げる凛音に、元青ライオンのルガリオンが口を挟む。


「アモール様は自ら人間の姿になり、人間社会で働き始めたのですよっ」

 元赤鬼グレンバインも続く。

「初めは引っ越しのバイトからだぞっ? 我らが暗黒の王が、引っ越しのバイトをなさるとはっ」

「おいたわしやっ」

 元黄ドラゴニュートのザルファが咽び泣く。


「……うっそでしょ?」

 目を見開き、亜門を見る。と、ふっと笑みを漏らし、

「あれは面白い経験だった。数が月ほど続けたが、私の働きが良すぎてすぐに社員昇格の話が来てな」

「さすがです、アモール様!」

 元緑ゴーレムのモスレムがヨイショを始める。


「その数か月後には営業職に。そして本社勤務。そこからヘッドハンティングで別会社に移り、その会社では本部長まで昇進。そして……お前の親会社に転職した。

「短時間のうちに、そこまでっ? うちの親会社、そこそこ中堅の上場会社なんですけどっ?」

 数年で今の地位まで上り詰めたというのだ。しかも、自分の力で。は伊達ではないどころか、とんでもない話だった。


「すべてはポニー……いや、市原凛音。お前のためだった」

 亜門に見つめられ、凛音は眉を顰める。


「あんたの出世が、なんで私のためなのよ?」

「お前を魔法少女から、開放したかったのだよ」


 亜門が視線を移し、ディーノを睨みつけた。

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