第25話 モヤモヤが止まらない話

「ああああ、ほんっと意味わかんない!」


 部屋へと戻った凛音は、頭を抱えながらベッドの上でバタバタと足をばたつかせた。

 あんな真剣な顔で、敵の大将にプロポーズされるなどとは思ってもいなかった。それどころか……。

「くそっ、なんなんだよ、あいつっ!」

 憤りを隠そうともせず、めらめらと闘志を燃やしているのは、ディーノ。すでに人間の姿に擬態しているため、金髪の見目麗しき青年の姿である。


「求婚してくるとか、ナシだろっ」

 ギリ、と歯を食いしばり、怒りを露にしているディーノもまた、思いの丈を言ってしまったようなものである。


「……逃げてきちゃったね」

 凛音が呟く。アモールとの戦いはいつも引き分け。最近ではほとんど決められた型のようなやり取りだけだった。不思議に思わなかったわけではない。相手からの攻撃も緩かったし、勝負など初めからするつもりのない、覇気のない攻撃。それでも、アビスゲイトからこっちの世界への侵入を防いでいるのだから、それでいいと思っていた。


「逃げたんじゃないぞ! 一時撤退しただけだ!」

 むきになって言うディーノに視線を向けると、

「あれ、本気なのかな?」

 と訊ねる。あれ、とはもちろん、求婚のことなわけだが。

「本気だったらどうなんだよっ。まさか言う通り結婚します、なんていうんじゃないだろうなっ?」

「それはさすがに! ……でもさ、アモールが言ってることが本当だとしたら、私が結婚さえすればもう、ハートブレーカーと魔法少女の争いは今後一切しなくてよくなるわけだし、ディーノたちのいるコル・イラディアも永久的に守られるってことでしょ?」

「はぁっ? お前まさか、あいつの言うこと信じてるわけ? アモールが約束守ると思ってんの?」

 なるほど、それは一理ある。


「そっか……噓の可能性もある……のか」


 しかし、さっきのアモールの態度や言葉に、嘘偽りは感じられなかった。それも芝居だというのなら、彼は大した役者である。


「嘘かどうかは置いといたとしてもさっ、もし仮に、凛音があいつとっ、け、結婚とかしたとしてもさっ、飽きられたら捨てられて終わりじゃんっ?」

 ムスッとしながら結構な暴言だ。急に生々しい。

「飽きられ……ってまぁ、男女間のイロコイなんてそんなもんかもしれないけど」

 したこともない恋愛に対し、冷めきっている凛音である。


「けどよぉ、それは……相手次第だろっ? ちゃんとお前のこと知ってて、いいとこも悪いとこもひっくるめて全部を愛してるっていう奴ならさっ、そのっ……なぁ?」

 顔を真っ赤にして熱弁をふるうディーノを見て、さすがに凛音も茹蛸のようになる。兄弟に近い感覚でいた相手から、急に異性を見る目で見られてもどうしていいかわからないというのが本音だ。


「とにかくっ。しばらくはアビスゲイトに近寄らないこと!」

「えっ? でも、きっとまた来るよね?」

「しばらくは、無視!」

「ちょっと、それはっ」

「無視ったら、無視! 俺、ちょっと出かけてくるからっ」

 そう言い放つと、手早く魔方陣を広げ、スイっとどこかへ行ってしまった。


「ディーノ!」

 止める間もない。


「……ほんとに私のこと、そんな風に思ってたの?」

 ディーノのいなくなった空間に向かって、呟く。


 長い付き合いだ。確かにディーノは、凛音のいいところも悪いところも知っているだろう。一緒にいれば楽だし、ディーノのいない生活など考えたこともなかった。

 しかし、魔法少女は記憶を消されると聞かされてもいた。ディーノのことも、アモールのことも、自分はきれいさっぱり忘れてしまう。そうなれば、それ以外の日常だけが残される。会社に行き、仕事をし、なんとなく毎日をやり過ごして生きてきただけの、ただの三十路女が世に放たれる。それだけだと思っていた。


「でもそれって……」

 十四歳から続けていた、魔法少女であるという心の支え。それがなくなった時、果たして自分というものに意味を見つけられるのだろうか。


「私って、なんのために生きてるんだろう……?」


 いつの間にか魔法少女というものに自分を委ね、他のことはすべて見て見ぬふりをしていたのかもしれない。世界を救うという大義名分は、自分にとって都合のいい隠れ蓑だった。正義を振りかざすその裏で、もしかしたら人生について真剣に考えることを放棄していたのかもしれない。


「ああああ、そんなこと急に考えろって言われても無理だよぉぉ!」

 ベッドの上で暴れる。

「こんな時、少年漫画だったら力尽くで白黒つけてババンと解決なのにぃ!」

 天井を見つめながら、思う。


「人の想いとか心は、そもそも白と黒じゃないもんね」

 当たり前のことだが、改めて深く、そう感じていた。

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