第18話 事件解決報告の話

「それにしても驚いたわ」


 岡部真由美との話を終えた帰り道、凛音は隣を歩くディーノをまじまじと見つめ、言った。

「あ~、まさか彼氏に片思いしてる女が付け回してたとは思わねぇよなぁ」

 頭の後ろで手を組み、大きく伸びをするディーノ。

「いや、そっちじゃなくて」

「は? どっちだよ?」

 ボケとツッコミのようないつものやり取り。凛音は、腕を組み考えた。


「口から出まかせにしては余りにもそれっぽすぎる。かといって、ディーノにそんなことが起きていたなんて、私は一切聞いてない」

 ブツブツと念仏のように唱える。

「気持ち悪いなっ、なに言ってんだよ?」

 ディーノに言われ、凛音はズイッと身を乗り出しディーノに詰め寄る。


「あんた、私が会社行ってる間にどこの誰を好きになってたわけ?」

「……へっ?」

 動きを止める、ディーノ。


「というか、おかしいのよ。ディーノはそれだけの見た目なんだから、よっぽど高望みでもしない限り、片思いになんかなるわけないの。……ってことは、なに? 相手は芸能人とかそういうことっ? でも、どこで知り合うのよっ?」

「いやいやいや、なにを言ってんだ、お前っ?」

 凛音の妄想に、ディーノが突っ込む。


「俺は昼間にフラフラしたりはしてないしっ。行くとしてもスーパーに買い出しとかその程度でっ」

「まさか、相手既婚者だとか言わないわよねっ!? 駄目だからね、不倫は!」

 どこまでも真面目な顔で言われ、もはや返す言葉もないディーノだった。

「……んなわけねぇだろが」

「だって、ディーノだよ? これだけの若いイケメン男子に好きって思われて、断る女がいるの? ……あっ、もしかして、相手は男……」

「違うっ!」

 凛音の大いなる誤解に、ディーノは頭を抱える。


「あは、ごめんごめん。茶化すつもりはなかったんだけどさ。彼女と話してる時のディーノがすごくこう……マジな顔してたからつい。『てめぇの好きんなった相手の幸せも祈れないようじゃ、その“好き”はただの独りよがりだ』なんてカッコいいこと言うんだもん、ビックリしちゃった」

「カッコ、よかった……?」

 上目遣いに明後日の方向を見上げながら、ディーノ。

「うん、すごく! そんな風に誰かを思ってたなんて、驚いたわ!」

「あ~、でもあれは嘘だけどな」


 しれっと言ってのけるディーノに、凛音が立ち止まる。


「え? 嘘……?」

「俺だったら……殺してでも自分のものにする」

 クスクスと笑いながら物騒なことを口にするディーノ。

「ちょ、あんたねぇ」

 若干身を引きながら、凛音が返す。

「だって、好きになったやつが他の誰かのものになるなんて、我慢出来ねぇじゃん?」

「じゃん、ってそんな爽やかに言う話じゃないわよ」


「凛音は……どうなんだよ?」

「え? 私?」

「好きなやつが出来たとして、そいつが自分を見てくれなかったらどうすんの?」

 ブルーグレーの瞳が、街の明かりを映し光る。まっすぐに見つめられ、戸惑う。

「私は……恋愛のなんたるかなんてわからないもの。その時にならないと答えられないわよっ」

 ふいっと視線を外し、誤魔化す。

「……そっか」

「……うん」

 なんとなく、おかしな空気になる。沈黙を非とするため、凛音が声高らかに宣言した。


「お腹空いたからさ、ラーメンでも食べて帰ろっか!」

 今日もまた、ハートブレーカーが現れることはないだろう。


*****


「じゃ、先輩が撃退してくれたってことですかぁっ?」


 翌日、出社した福本杏を給湯室へと押し込み、昨日の出来事を報告した。話はついたから、今後は怖い思いをすることはないだろうということと、このことは、彼氏である真部諒には言わないであげてほしいということ。


 後者に関しては、凛音の独断だった。真由美は昨日、大いに反省し「この恋は諦めます」と言って去った。真部諒にこのことが知れたら、傷付いているに違いない彼女を更に傷付けることになるのではないかと思ったのだ。


「撃退っていうか……恋する気持ちに関しては理解できるけど、暴走は逆効果だしあなたの幸せに繋がらないでしょ、みたいな話をね」

 ……したのは、ディーノだったわけだが。


「さっすが先輩! 浮いた話なんか微塵も聞いたことなかったけど、そんなことなかったんですね!」

「いや、えっと、あはは……」

 乾いた笑いで誤魔化す。

「本当にありがとうございました!」

「ううん、いいのよこれくらい」

 手柄だけを横取りした凛音は、気分良く仕事に戻ったのである。


 残された杏は、ついでとばかりコーヒーを淹れていた。そこに現れたのは、片山大吾。

「おぅ、早いな」

 かく言う大吾は、これから客先へと向かうスケジュールになっていたはずだ。

「片山先輩、聞いてくださいよぉ! 市原先輩がちょ~男前で……というか、市原先輩が呼んだ応援って、片山先輩?」

「応援って……なんの話だ?」

「あらら、違うんですね」


 片山でないとすれば、誰だったのか。頼れる人がいる、というあの言いっぷりからして、

「別の男性……?」

「はっ?」

 慌てた顔をする大吾を見て、杏がクスッと笑った。


「市原先輩って、優しいし正義感強いし面倒見いいし、最高ですよねぇ。しかも、恋愛経験も豊富っぽいってことがさっきわかってぇ」

「えっ? 市原さんがっ?」

「浮いた話一切ないから、そっちは疎いのかと思ってたんですけどねぇ。そうでもないみたいで……って、あ、ごめんなさい。片山先輩、もう出るんですよね? 引き止めちゃってすみませぇん」


 えへ、と肩を竦め、給湯室を後にする杏。勿論、焚きつけるためである。


 そんな杏の後ろ姿を見ながら、片山は今の話を脳内で反芻する。

「市原って、恋愛経験……豊富……なのか?」

 想定外の内容に、頭が真っ白になった。

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