第19話 なにもない週末の話
「今日も来ない……か」
結局、この一週間ハートブレーカーの出現はなかった。杏を付けていたストーカーも難なく捕まえてしまい、正義のはけ口がどこにもないまま、週末の日曜。どこに行くでもなく家でダラダラしているうちに、もう日が沈む時刻だ。
「まぁ、そんなこともあるんじゃねぇの?」
台所に立つディーノが返す。
「そうかなぁ。前回、私の引退がどうのって話をしてから、彼ら一度も現れないのよ? これってさぁ、もしかして……」
凛音が眉を寄せる。そんな凛音を見て、ディーノが釣られて眉を寄せた。
「もしかして?」
「次期魔法少女に変わるまで現れない気かも!」
「……なんで?」
「なんかほら、軍法会議したとか言ってたじゃない? それでさ、私との戦闘はもう埒が明かないってことで、これ以上の無駄な争いは避けて、次の魔法少女に備えて力を蓄えてる、とか?」
凛音の言葉に、ディーノは半ば呆れた顔で、ほーん、へぇ、など適当な相槌を打つ。
「ちょっと~、真面目に聞いてる?」
「聞いてるよ。てかさ、今まで十五年もやり合ってきて、感想、それなの?」
言われ、キョトン、と目を丸くした。
「どういう意味?」
「……だからさ、この前のアモールの態度とか、なんとも思わなかったのか、って」
凛音は、前回の対戦(戦ってはいないが)を思い出してみる。確かにおかしな態度だったとは思う。が、向こうにだって体調のいいときと悪いときはあるだろうしな、くらいにしか思っていなかった。
「
「なんだそりゃ」
ディーノは諦めモードだ。
「わかんないよぉ! ディーノにはどういうことかわかるのぉ?」
手足をバタバタさせて訊ねると、
「……ま、わかりたくもないけど、なんとなくは想像できる」
との返答。
「ええっ? なんでっ? 私にはわかんないのに!」
悔しくて、つい声を荒げてしまう。
「お前、鈍いからな」
はぁぁぁ、と大きく息を吐きながら言われ、凛音は余計に腹が立ってくる。
「どうせ私は鈍ちんで馬鹿で役立たずですよーだ!」
べぇ、と舌を出し、突っ掛かる。
「んなこと言ってねぇだろが。凛音は今までずっと、コル・イラディアのために頑張ってきてくれただろ? 多少鈍くてもちゃんと感謝してるんだぜ?」
褒められてるのか、貶されてるのか。
「それに、アモールはなにか大きなことを企んでる。そんな気がしてんだ」
「企んで? なにを?」
「それは……わかんねぇ」
「なぁんだ、結局はディーノもわかんないんじゃない」
あはは、と笑う凛音を見て、ディーノも笑う。
「だな。結局、あいつらが動くまではどうしようもねぇ」
「そうだね。平和なのはいいことだし、様子見ってことね」
そう言うと、冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出す。
「じゃ、もう飲んじゃおーっと」
「……ったく、んじゃ、ツマミでも作るか」
「わーい! ディーノ、ありがと」
プス、とプルを引き、満面の笑みで喉へと流し込むのだった。
*****
「……どうなんですか、実際?」
月曜日の給湯室。
そこは、女子社員の憩いの場であると共に、他部署の交流の場。つまりは、情報交換の場でもあり──尋問の場でもある。
「どう、と言われましても……」
尋問を受けているのは凛音。たまたま通りかかったところを、人事部の主に捉まって連れ込まれたのである。
「だって、おかしいじゃない! 他にも営業事務の子はいるのに、なんで市原さんが選ばれたんですか? しかも新海さんから迫られてるらしいって、変な噂まで流れてきて!」
「はぁ」
毎日べったり張り付かれ仕事をしているのは間違いない。亜門は、他の人には見せないとびっきりの笑顔で凛音に接しており、それはもう、誰が見ても好意丸出しなのだ。
「それと、片山さんも!」
隣にいる人事ナンバーツーまでもが口を出す。片山大吾もまた、亜門に負けじと凛音にちょいちょい声を掛けてくる。それはもう、新海亜門VS片山大吾の構図でしかなく、部内どころか社内で噂になっているといってもいいくらいだ。
「片山さん、なんで今更、市原さんなの? 新海さんに至っては、もっと意味が分かんない。なんで市原さんなの?」
大事なことだから二回言いました、的なノリで言われ、凛音としても同意せざるをえない。
「ですよねぇ。私もほんと、意味が分からなくて……。私の勘違いなんじゃないかって思いたいところなんですけど、そうでもないみたいで……」
「はぁぁ? なにそれっ」
マウントを取られたと勘違いした人事部の主が、目を吊り上げた。
「いや、私に怒るのはお門違いですって! 本当に私、意味が分からないんですから」
「新海さんのこと、何とも思ってないとでも言うつもりっ?」
と責められ、思わす、
「全員が新海さんを好きだとでも思ってるんですか?」
と返してしまう。
「ちょっ、なにそれっ」
やば、と思った時には、遅かった。
「市原さんは新海さんの心を弄んでるって、そういうことなのねっ?」
なんとも素晴らしい脳内変換をされてしまったのである。
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