第17話 誰かを想う心の話

「はい、どうぞ」


 公園の入り口の自動販売機でコーヒーを買い、ベンチへと移動する。逃げられないよう、女性の両脇を挟むようにして、ディーノと凛音が腰を下ろした。


「……どうも」

 差し出されたペットボトルを握り締め、女性が俯く。

「名乗りたくなかったら名乗らなくていいわ。でも、どうして彼女を追い回してるのかだけは、話してくれるかしら?」

 言葉は丁寧だが、口調には棘がある。

「追い回してなんてっ」

「あら、そう? 帰宅途中に何度も尾行されてる人間からしたら、追い回されてるって感じても仕方なくない? そろそろ警察に相談しようか、って話になってたんだもの」

「けっ、警察っ?」

 女性が目を見開き声を荒げる。ちょっと脅すつもりで口にした凛音だが、反応が大きすぎて焦る。

「まぁ、ちゃんと話を聞かせてくれるならそれはなしにしてあげなくもないけど!」

 いい加減な言い回しだ。


「……あの、私っ、りょう君……真部まなべさんの友人です」

「真部さん?」

 首を傾げるディーノに、凛音が

「福本さんの彼氏の真部さん……ですね?」

 と訊ねる。女性が小さく頷いた。

「おい、ちょっと待てよ。そいつまさか二股っ」

「違います!」

 先走ったディーノの言葉を女性が遮り、続ける。


「私が勝手に諒君を好きなだけなんですっ」

 ペットボトルを持つ手が、小刻みに震えていた。

「……話して。ちゃんと聞くから」

 凛音がそっと女性の手を握り、言った。女性は小さく頷くと、

「岡田真由美と申します。諒君とは高校の同級生で、一月ほど前に、同窓会で再会したんです。それで……」


 学生時代に片思いをしていた相手との再会。今でもあの頃のように優しい彼に、想いが再熱する。よくあると言えば、よくある話だった。


「で、相談に乗ってもらう口実で、何度かメッセージのやり取りをしたり、電話したりしたんですけど……彼女いるからこれ以上は協力できないって断られて」

 どうやら福本杏の彼氏はきちんとした男であるらしいことを知り、凛音が大きく頷いた。これで、絆されてフラフラするようなやつだったら、可愛い後輩を任せておくことなど出来ない。


「へぇ、真部ってやつ、ちゃんとしてんだな」

 ディーノも感心しきりだ。すると、真由美がディーノの方に顔を向け

「そうなんです! 諒君って昔っからそういうとこあって、なんていうか、付き合ってる子と正面から向き合って、大事にするっていうかっ。……だから、私、そんな諒君のことがずっと忘れられなくて……」

 口をへの字に曲げ、俯く。


「……片思い、か」

 ディーノが溜息交じりに呟いた。


「諒君のこと考えると胸が苦しくて、いてもたってもいられなくて。でも最近は私の気持ちに気付いたのか、連絡しても前みたいに返事をくれなくて。会いたいのに、会えなくて……」

「それはしんどいなぁ」

 ディーノが眉を寄せる。

「え? ディーノわかるの?」

 きょとん、とした顔で凛音。

「へぁっ? まっ、まぁ、俺はお前と違って繊細な心の内ってもんがちゃんと理解できるからなっ」

 あたふたしながら誤魔化す。


「恋愛って、難しいですね。好きって思うと、ほんの少しのことで苦しくなるし、もうやめたいって思ってもそう簡単に割り切れなくて」

「わかるっ! 厄介だよなぁ、それ」

「わかってくれますかっ?」

 手を取り合いそうな勢いで、二人が盛り上がる。凛音だけが完全に蚊帳の外だ。面白くない。が、今は恋愛のなんたるかを話している時ではない。


「そこまではわかったわ。でも、なんで彼女のことを?」

 杏と真由美には接点はないのだろう。もし面識があったのなら、杏も気付くはずだ。


「私、隣の駅に住んでるんです。この公園は広くて、散歩するのにちょうどよくて時々来てました。……お休みの日に、諒君があの子と会ってるのをたまたま見ちゃったんです。二人であのマンションに入って行った。すごく幸せそうに」

 膝の上でぎゅっと拳を握る。


「……許せなかった」

 絞り出すように、呟く。


「は?」

 凛音が身を乗り出す。

「それってどういう意味よ? そもそもあの二人は恋人同士で、あなたは部外者でしょう? 許すとか許さないって話じゃ」

「そんなこと、分かってます! でも、もし彼女がいなかったら、私が諒君の隣にいられるかもしれないって思ったらっ」


 重症だ、と凛音は思った。もしかしたら彼女は、杏への一方的な恨みを募らせ、よからぬことを考えていたのかもしれないと思うと、ぞっとする。


「危害を加えようって思ってたわけ?」

 厳しい視線を向け問いかけると、真由美はハッと肩を揺らす。小刻みに首を振りながら否定する。

「そんなっ、そんなつもりはっ……」

 否定しながらも、心のどこかでは肯定している。そんな風に見えた。


「報われない恋って、辛いよな」

 ぽつり、と口をついたのはディーノだ。

「え?」

「気持ちばっかどんどんたまって、捌け口がないっつ~か、こっちはこんなに思ってんのに向こうは何とも思ってないとか、マジでしんどいよな」

「……はい」

 ディーノの言葉を聞き、真由美が口を押える。今にも、声を上げて泣き出しそうだ。


「二人でいるとこなんか見ちまったせいで、余計だろ? あそこにいるのがなんで自分じゃないんだ、って思っちまう。割り込んで、引き裂いて、自分のもんにしたいって考えるのも分かるぜ」

「ちょっと、ディーノ!」

 立ち上がりそうになる凛音を、ディーノが手で制した。


「……けどさ、てめぇの好きんなった相手の幸せも祈れないようじゃ、その“好き”はただの独りよがりで、自分本位で身勝手な片思いでしかない、ってことでもあるぜ?」

「……え?」

 真由美の目が大きく開かれた。頬を叩かれたような衝撃に、身を震わせる。


「だってそうだろ? 誰かを心から思う気持ちってのは、その“誰か”が中心になるはずだ。そうではなく、自分が自分が、ってなってんなら、それはただ身勝手な欲求以外のなにものでもねぇよ」

 真由美はディーノをじっと見つめ、その言葉を飲み込もうとしているようだった。ディーノもまた、真由美を見つめ、真剣な顔で説き伏せている。


(ここに、私の存在意義はゼロだわ……)


 凛音は呆けたまま、二人を黙って見つめるのだった。

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