第16話 犯人を捕まえる話

「間に合ったぁぁ」


 息を切らして電車に滑り込む。ひとつ向こうの車両に、杏の姿を確認して慌てて滑り込んだのだ。


「危ないところだったな」

 ディーノがそう言って笑った。

「笑い事じゃないわよ、もう」

 そう言いながらも、二人で電車に駆け込むなどというシチュエーションに、凛音からも笑みがこぼれた。


 ラッシュの時間はとうに過ぎている。地下鉄にはそれなりに人が乗ってはいたが、隣の車両の杏を見張れないほど混んではいなかった。


「で、そのストーカーは、どこから付けてくるって?」

 ディーノにそう聞かれ、凛音は首を傾げた。

「さぁ? 福本さんもそこまではわからないみたいだけど……なんで?」

「会社から付けてるなら、今同じ電車に乗ってる可能性があるってことだろ?」

 顔は動かさず、目線だけで辺りを見渡しながら、ディーノ。

「……確かにっ」

 ポン、と手を叩こうとして、まだ手を繋いだままだったことを思い出した。


「ね、ディーノ……手」

「あん?」

「いつまでこのまま?」

「恋人同士設定なんだから、ずっとだろ」

「ええっ」

「……嫌なのかよっ」

 口をへの字に曲げるディーノを見て、思わず凛音が吹き出す。

「ぷっ、別に嫌じゃないわよ」

「なら……いいじゃん」


 おかしな空気が流れる。ディーノが照れたような顔で、「あのさっ」と言ったその時、


「あ、降りる!」

 今度は凛音がディーノを引っ張り、慌てて電車を降りる。


(ちぇっ)

 脳内で舌打ちをするも、

(……いや、俺なにを言おうとしたんだよっ)

 あのさ、のあとの言葉は、禁句だ。下手に口に出してしまえばすべてが泡と消えるかもしれないのだ。ディーノはぐっと奥歯を噛み締めた。


「よし、ここからが本番ねっ」

 やる気満々の凛音に手を引かれ、ディーノはその横顔をただ見つめていた。


*****


 駅を降りると、適度な距離を保ちつつ、通りの反対側を歩く。

 少なくとも、怪しい男の姿はないように思えた。


「今日は空振りかなぁ」

 凛音が歩きながら言うと、ディーノが

「まだわかんねぇって。とりあえずは福本さんちまで行ってみないと」

「でもさぁ、思ったより道も明るいし、人通りも多いじゃない? この状況で怪しい行動取るのって難しくない?」

 商店街を抜け、交差点を曲がる。そこから先は住宅街のようだが、人通りはそこそこある。近くには公園があるらしく、犬の散歩をする人や、ジョギングをしている人などもいた。


「あ、福本さんのマンション、もうすぐだよ」

 昔、一度だけ遊びに行ったことがある。通りに面したマンションで、単身用だがきちんとオートロックのついた、まだ新しいマンションだ。

「この分だと、また明日って感じか」

 ガッカリしたような、安心したような口調で言う凛音に、ディーノが声を潜めて

「いや、そうでもないぜ」

 と被せる。

「えっ?」

 驚く凛音の手を引き、向かい合う。


「今からお前を抱きしめる」

「ほぇっ?!」

「馬鹿、変な声出すな。いいから」

 言うが早いか、ディーノが凛音に腕を伸ばし、優しく抱きしめた。そのままの姿勢で、囁く。

「俺の肩越しに十時の方向を見てみろ」

「へ? 十時……?」

 急にスパイじみた物言いに戸惑うも、嫌いではない。凛音は抱きしめられたまま肩越しに視線を移す。公園の入り口付近からじっと杏を見つめている人物がいた。


「え? でもディーノ、あれって」

 まさか、と言いそうになった瞬間、その人物が動いた。明らかに不審な動きで杏の後ろを歩き始めたのだ。

「動いたっ」

 凛音が言うと、ディーノがそっと体を離す。そのまま手を繋ぎ直し、

「追うぞ」

 と言った。凛音が無言で頷く。


 しばらくそのまま後を追うと、杏がマンションへと入っていくのが見えた。そしてその人物は、杏の後姿をじっと眺め、マンションの前に立ち尽くした。


「どういうことなの?」

 凛音が訊ねる。ディーノは首を傾げ、

「それはわからないけど、多分あいつで間違いないと思うぜ」

 その人物がマンションを離れる。そして、少し歩いた先で上を見上げた。

「電気が点くのを確認してる……ってことか」

 ディーノの言葉に、思わず鳥肌が立つ。確かに今、杏の部屋の電気が灯ったのだ。


「……凛音、どうする?」

「どうって言われても……」

 杏には、捕まえてほしいと言われたわけではない。それに、思っていたのと話が違う。どう捉えればいいかわからないというのが正直なところだ。


「まさか、女性だなんて思わなかったもん」

 杏のあとを付けていたのは、男ではなかった。若い女性だ。

「どういうことなんだろうな?」

 ディーノが腕を組み、首を捻った。凛音にもどういうことなのか、皆目見当がつかなかった。こんな時は……


「本人に聞くしかないわね」

「はぁっ?」

「なに驚いてるのよ? だって考えてたってわからないじゃない。さ、行くわよ!」

 脱兎のごとく駆け出す凛音。ディーノは「えええ……」と眉を寄せながらも、仕方なく後を追う。


 杏のあとを付けていた女性は、マンションの方を気にしながらも元来た道を戻っていた。凛音は通りを渡ると、女性に近づく。


「あのっ」

 声を掛けると、女性が肩をびくりと震わせ立ち止まる。近くで見ると、年齢的にも杏と同じくらいに見える。二十代前半……少なくとも凛音よりは若そうだ。

「なっ、なにか?」

 警戒されている。当然だ。

「あのマンションに入っていった女性に、なにか用があったんですか?」

「……ド直球かよ」

 追いついたディーノが呆れた声を出す。


「なっ、なんなんですかあなたたちっ」

 急に二人から声を掛けられ、女性の方は明らかに脅え始めた様子だ。

「あなた、これまでも何度か彼女を付けてますよね?」

 今日だけじゃないことを強調して口にしたのは、凛音のかましたハッタリである。が、女性は見る見る間に顔を赤くし、目を泳がせた。ビンゴ、だ。


「あのっ、私……そのっ」

 落ち着きなく手を動かし、二の句を継ごうとするも、なにも言い返せず口籠る。

「私、その……だってっ、だってっ」

 顔を歪ませ、目に涙を溜め始めた。

「おい、凛音っ」

 泣き出しそうな女性を見かねて、ディーノが声を掛ける。

「もう少しソフトに、だな」

 言いかけるも、無視。


「少し、お話ししましょうか」

 この女性が、杏を怖がらせていた本人であると確信を持った凛音。そうとわかれば、とことんまで突き詰めるつもりでいた。泣けばすべてが済まされる、などと思われては困る。どうしてこんなことをするのか、その理由を明らかにし、やめさせるつもりだった。


「こんなところじゃなんだし……ああ、あそこの公園に行きましょうか?」

 通りに面した公園を指し、にっこりと笑顔を見せた。


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