第12話 待ってるときってこない話

 社長、と呼ばれた白髪の男性は、亜門と挨拶を交わした後、チラリと凛音に目を遣る。


「で、こちらの女性は新海君の……恋人かな?」

「ふぇっ?」

 思わず声を出す凛音の肩に、亜門が手を置く。

「こちらは今度私の仕事をサポートしてくれることになった、市原さんです」

「あっ、はい、市原ですっ。よろしくお願いしますっ」

 慌てて頭を下げる。


「ああ、そうなのか。てっきり新海君の彼女かと……」

「まさか、そんなっ」

 凛音がパタパタと手を振ると、

「けど、新海君がこういう場所に、女性を連れてきたことなんかないもんなぁ?」

 と、ニヤニヤ顔で亜門を見る。

「そうですねぇ、初めてかもしれません」

「他の連中も気にしてるようだ」

 周りに視線を投げると、確かに数人がこちらを見てコソコソと話をしている。そしてそれは、全員女性だった。


「市原さん、だったか?」

「え? はいっ」

「皆の恨みを買うぞ~?」

「ええええっ?」

 脅され、慌てる。そんなやり取りを見て、亜門が

「それは困るなぁ。私の大切な人になにかあったら、大問題だ」

 と、サラッと言ってのけた。


「おお! やはりそうなのか!」

 社長の声が大きくなる。内心ハラハラでしかない凛音の前で、話が飛躍する。

「新海君がいよいよねぇ……そうかそうか、市原さん、この男はよくできたやつですよ。どうぞよろしくお願いします」

 頭まで下げられ、いよいよもって立場がない。

「ちょ、やめてくださいっ。私たちそんなんじゃないんですよぉ」

 バタバタしながらそう言うと、亜門が

「そうなんですよ社長。そんなんじゃないんです」

 と含みのある言い方をする。

「……そうか、違うのか、うんうん。今日は、二人でゆっくり楽しんで行ってくれたまえ。はっはっは」


 楽しそうにそう言って、去っていく。社長が離れたと同時に、わらわらと他の社員たちが亜門に挨拶に来た。その都度、何故か二人の関係を聞かれ、否定し、を繰り返す。時刻は三時。まだ少し早いが、今すぐ「ハートブレーカーが出た!」というディーノからの呼び出しが欲しい凛音だった。


*****


「疲れましたか?」

 カフェスペースでコーヒーを飲みながら、亜門が訊ねる。

「ええ、少し。新海さんの人気がすごすぎて、ずっと視線が痛かったです」

 特に女子からの、と言いそうになり、口を噤む。


「この会社は以前担当していたことがありまして。社長さんにもお世話になったんですよ。今回また取引が決まったもので、嬉しくて少しはしゃいでしまいました」

「そうですか」

 チラ、と時計に目を遣る。そろそろ五時。いつもならこのくらいの時間帯……もしくは夕飯を食べ終わって一息ついている八時くらいにやってくることが多い。そういえば、食事中や入浴中に呼び出されたことってないな、などと考える。偶然なのだろうが、こちらとしては有難い。


「時間、気になりますか?」

 時計を見たのを、気付かれてしまったようだ。

「あ、ごめんなさい、無意識に。だいぶ沢山の方と話したなぁ、と思って」

「そうですね、到着してから四時間近くですからね」

「営業さんって、大変なんですねぇ」


 営業事務は、細かな作業や手間のかかることは多いが、癖のある人間相手に何時間も交渉するようなことはしない。決まったことだけをこなせばいい。そこに疲れはあれど、ストレスはないのだな、と改めて知る。


「大変なことも多いです。でも、営業事務の支えがありますからね。本当に、助けられますよ」

 じっと凛音を見つめる視線が、熱い。

 凛音はパッと視線を逸らすと、

「えっと、このあとの懇親会って、何時からでしたっけ?」

 催事場で飲み食いは出来ないので、場所を移動するはずだった。

「夜は、七時からです」

「だいぶ時間が空きますね」


 ここでいったん解散してほしいと思っていた。空白の二時間を、亜門と過ごすのはなんだかしんどい。それでなくとも、今日はずっと一緒なのだ。さすがにもう、話すネタだって尽きてきた。いくら人見知りはあまりしない性質だとはいえ、そろそろ限界だ。


「近くに面白い場所があるんです。行ってみませんか?」

 亜門は、まるで用意していたかのように話を進めてくる。

 いや、本当に用意していたのかもしれない……。


*****


「面白かった~!」


 亜門につれられて入ったのは、最近流行りのデジタルコンテンツのミュージアムだった。興味はあったが、わざわざ出掛けてまで行こうとも思わず、今まで一度も見たことがなかったのだが、見たこともない世界に足を踏み入れたようで、驚きと感動の坩堝だった。


「まるで魔法みたいだった!」

 口にしてから気付く。自分は魔法少女なのに、魔法みたい、とはおかしな話だ。しかし亜門は気にも留めず、

「魔法ですか。そうですね」

 と微笑む。


 ミュージアムを出た亜門は、何故かエレベーターに乗り上の階を押す。


「上……ですか?」

 不思議に思い訊ねると、

「ええ、上です」

 とだけ言われる。


 チンとエレベーターが止まり、扉が開くと、そこは一面の空。


「……うわぁ」

 暮れかけた空。青と、オレンジと、紫のグラデーション。

「マジックアワーです。ここは人が多い、さぁ」

 そう言って、凛音の手を握った。

「えっ?」

「いなくなられては困りますから」


 わざと耳元で囁く亜門に、頭に血が上るのを感じる、凛音だった。


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